アイコトバ 30





「昨日、若手の子達と飲んだんです」

が現場に向かう途中にそう話し始めた。今日は、チームが所有している車で現地に向かうことにした。運転は、だ。

「ふーん?誰?」

が答えると達海は「俺も呼んでよー」と思ってないのにそう言う。

「『若手』の集まりらしかったので」

「じゃあ、もアウトじゃん」

「早くシーズン終わりませんかね?」

が温度のない声で言う。

その反応に達海はケラケラと笑った。

「有里は?」

「かなり、落ち込んでいましたよ。あの子のプライド傷つけてどうするんですか?」

「傷が出来たところは、それが治ったら強い皮膚が出来てるだろう?」

は溜息を吐いた。

「達海さんは、期待をしているっていうのが分かりにくいんですよね」

達海はまたケラケラと笑った。

「やっぱ、の方が大人だな」

誰と比べて、というのは有里と比べてということなのだろう。

「そういや、疲れは取れたか?」

「お陰さまで。わたしをこんなに休ませるようにって言ったのは達海さんなんですって?」

恨みがましくが言う。

「無茶させたからなー。あのまま潰れられたら選手達、..だけじゃなくてチーム全体のモチベーションが下がりかねなかったし。持ってくれて良かったよ。ホント頑丈で」

はちょっと反応に困ったが、「最後の、言い方もうちょっとあったでしょう」と突っ込んでおいた。


対談の会場に着いた。

既に相手が来ていたらしく、は慌てて挨拶をする。

達海がまず、を紹介して彼女がフランス語で通訳するから彼女のみの通訳でお願いしたいと言う。

この企画の担当や、ブランの通訳は驚き、難色を示したがブラン自身は面白そうだといって了承した。

ブラン本人が了承してしまったのだから、この達海の提案どおりに今回は話を運ぶこととなった。

まさかそんな展開が待っているとは思って居なかったはちょっと困ったが、まあ、達海が言い出す突拍子もない言葉にはお陰さまでだいぶ慣れたので指示通りに仕事を行った。

対談は意外とスムースに進んだ。

達海がそれなりに『対談』という形に反しない会話をしたのもその要因のひとつなのだろう。

いつも、記者を前にした発表などはやる気が見えずに有里は本当に苦労していると言っていた。

[お嬢さん]

不意に呼び止められて振り返るとブランがニコニコとしていた。

[今日は楽しかったよ。君は、達海監督の考えを随分と理解しているみたいだね]

[ありがとうございます。こちらこそ、勉強になりました。しかし、わたしは達海監督が何を考えているのか未だにさっぱり分かりません]

の言葉にブランは笑う。

[そうか。君、また達海監督の通訳してくれるかな?私は確かに英語も出来るし、通訳もいるけど、ボクの通訳は達海監督の言葉をきちんと訳せないかもしれないからね]

は差し出されたブランの手を取り、[わたしでお役に立てるのなら]と握手をしてその場を去る彼を見送った。


「ブラン監督、何て?」

「今度もまた話をするときがあったら達海さんの通訳できてほしいって」

先ほどブランが帰る前にに話をしていたその内容が気になったらしく達海が聞いてきた。はあっさりと返す。

「そういやさ。、今後クラブハウスで英語禁止な?英語っつうか、外国語」

「は?!」

危うくブレーキを踏んでしまうところだった。

「コミュニケーションがいかに大切か、さっきの対談でわかっただろう?監督は生き生きとフランス語で話をしてくれた。コミュニケーションが取れないとそれだけ打ち解けられない。
今、ウチはひとつにならないと。だったら、その和を乱す可能性のあるものは外したい。確実に、が英語で返すとコミュニケーションが困難になる。
若い選手達に英語を慣れさせるためにやってるのは分かるけど。遠征したら通訳つくし、それは本人が努力することだ。
あと、気づいてるとは思うけどガブリエルは通訳要らないってさ」

さらりと言われては「え?!」とまた声を上げる。

「お前の仕事は、通訳じゃなくて広報だ」

「でも、それは最低限の仕事であって...」

「んで、俺たち日本人の選手が外国のメディアに何かを言うときとか、それ以外に外国語というツールが必要になったら、そのときは広報のが通訳を兼任するんだよ。
第一、お前はロッカールームまで一緒に入るのか?ムリだろう?
此処なら同行できるからそこまでなら自分が通訳する。自分が同行できないところでのコミュニケーションは、面倒見切れませんってのは中途半端だ。さっきも言ったようにコミュニケーションは必要だし、言葉というのはその中でかなり重要なツールだ。そんな半端なことをするなら全くしない方がまだマシ。
むしろ、で楽をしようとしていたフロント..今までの経営陣の考えが拙いの」

そう言われてはシュンとなる。

「俺はね、。お前みたいな多言語でコミュニケーションが取れるスタッフがいることが無駄とか言ってないからな。いたらスゲー助かる。これはチームにとってはプラスだ。間違いない。けど、使い方が違うって言ってるの」

盛大な溜息と共に達海が言う。

だから、も盛大な溜息を吐いた。

「わかりました」

の返事に達海は「いい子だ」と返す。

「...わたし、いくつだと思ってるんですか?」

が言うと

「ああ、そっか。もう若手の域から出てたんだったよな?」

とケタケタと笑う。

「あー、ほんとムカつくオッサンだなー」

の言葉に達海はまた笑った。









桜風
10.10.2


ブラウザバックでお戻りください