アイコトバ 34





練習が終わって連絡用のホワイトボードを見た赤崎は急いで帰り支度を始めた。

しかし、帰る前に寄る所がある。事務所だ。

ノックをして入ると誰も居ない。

あの字はの字だからが居ると思ったのに...

「あら早い」

後ろから声をかけられてビックリした赤崎は不覚にも「わあ!」と声を漏らしてしまった。

「もっと時間が掛かると思ってこっちこそゆっくりしてたのに」

そういいながらは赤崎の横をすり抜けて事務所の中に入った。隅にある冷蔵庫にコンビニの袋を仕舞う。


事務所の一角にダンボールが積んであった。

「まだ確認してないんだけど...」

そういいながらはダンボールをあけた。

「あー...」

そういえば、先週誕生日だった。

誕生日にあわせてプレゼントを送ってくる人が多いが、遅れてしまうこともあるので、選手には翌週に渡すようにしている。

しかし、禁止事項がある。

まず、選手に直接手渡しするのは禁止。勿論、寮や家などプライベートな空間に行くなんてもってのほか。選手にプレゼントがある場合は、フロントに送ること、となっている。

そして、食べ物はダメということ。生もの以外のものでも、だ。

世の中には色んな食べ物が溢れていて、それを考えたらラインを決めるのは大変だし、選手だって体のことを考えたらやたらと食べ物を贈られても困るだろうと言うことからのそれだ。

そのほかは、手作りがダメ。まあ、何かあったときに困るからというのが一番の理由だ。

そんなこんなで、贈られてくるプレゼントは自ずと限られてくる。

「赤崎くん、当分練習着とか要らないんじゃない?」

ダンボールの中を確認しながらが言う。

Tシャツやタオルが殆どだ。偶にパジャマとかもある。ボディソープとか入浴剤も。

「欲しいもんあったらあげますよ」

自分はそんなに使わない。

「赤崎くん、時間がないなら明日にしてもらっても良いんだけど。ちょっと全然手が付けられなかったから」

選手に渡す前にフロントで手作り物とか食べ物とか禁止しているものは取り出しておくのだ。

「や、全然大丈夫っス」

そう言って持っていたバッグを部屋の隅に置いた。

「有里さんとかは?」

「有里ちゃん?ああ、今日は打ち合わせ。部長を伴ってね」

「ふーん」と気のない返事がある。

暫くも赤崎も無言だった。

はプレゼントの仕分けをしているし、そのを赤崎はじっと見つめていた。

「あの...視線、気になるんだけど。何か、急がなきゃって思ってしまうんだけどなー」

が振り返って言う。

「あ、すんません」

「お腹すいた?」

そういう意味で見ていたわけではなくて...

赤崎はそう思いながら「や、」と応えようとしたが、先に腹が答えた。

「冷蔵庫の中、開けてごらん」

に言われて事務所内の小ぶりの冷蔵庫を開ける。

中には近所のコンビニの袋が入っていた。さっき、が買って帰ったものだ。

それ以外は調味料とか特に気になるものはない。取り出してみた赤崎は目を丸くした。

「選手には食いもん、ダメなんじゃないんスか?」

「じゃあ、食べなくて良いよ」

が笑いながら言うと「食います」と赤崎は言う。

「コーヒー、残ってたら飲んじゃって良いよ。残ってないなら自分で作っても良いし、紅茶のパックが棚にあると思うけど...」

コンビニの袋の中身は、ショートケーキだった。

何故ケーキなのか、と少し気になったが、自分の誕生日を意識して買ってきたものなら嬉しいな、と素直に思う。

「いただきます」と言う赤崎に「あー!ちょっと待って」とが立ち上がった。

「ひとくち頂戴」

「へ?」

「これを食べたらこのコンビニのケーキ全種類制覇」

そう言って笑い、はフォークを手にした。

「オレに買ってきたんじゃないんスかー」と少し拗ねたように赤崎が言う。

「半分はそう。でも、要らないって言われる可能性が高いって思ったんだもん」

そう言ってケーキの先っちょにフォークを差して口に運んだ。

「あ、ちょっと甘みがきついかも」

そう言っては眉を寄せる。

「飲みます?」

最後だったから今はコーヒーの作り置きがない。

「砂糖は?」

「入れてないス」

「いただきます」

そう言っては赤崎のカップでコーヒーを飲んだ。

「あ、丁度いい」

そう言ったに赤崎は「さん、こっち。クリームついてますよ」と言って自分の唇を指した。

「へ?」そう言っては舌を出して唇を舐める。

「取れた?」

「...ウス」

はフォークを洗うべく機嫌よく給湯室へと向かった。


「ちょ..もう...ホント勘弁してくれよ」

ケーキをデスクにおいて赤崎は頭を抱えた。

唇についたクリームを舐めただけなのに、何だってあんなに色気があると言うか...誘惑されているのかと錯覚するくらいにズンと来た。

間違いなく錯覚である。その自覚はあるが、何と言うか破壊力があった。

「あれ?やっぱり赤崎くんにも甘すぎた?」

戻ってきたがそう声をかける。

「や、そうでもないっス」

「ホント?意外と甘いものもいけるんだね」

そう声をかけたはまた赤崎へ送られて来たプレゼントの仕分け作業に戻った。

ケーキの味は全く分からないまま、赤崎はゆっくりとフォークを口に運んで時間を過ごした。









桜風
10.10.9


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