アイコトバ 35





昼食の時間が選手とかち合ってしまった。

本来、フロントは選手と同じ時間には食事を取らないのだが、はどうしてもこの時間ではないともう時間が取れないということだったので、仕方なく食堂で食事をしていた。

「いいっスかー」と世良がやってきて『若手』たちがのテーブルに寄ってたかってきた。

「おー、お前らいいなぁ。食事がより美味くなりそうじゃん」とか丹波が言いながら近くのテーブルに着く。

「あ、すみません。すぐに食べ終わります」

食堂に書類を持ってきてそれに目を通しながら食事をしていたので、は意外と箸が進んでいなかった。

「いいよー。どうせ全員入るし。仲良くメシ食った方が良いって」と石神も苦笑しながら返答をして「いただきます」と手を合わせている。

「何の書類っスか?」

覗き込む世良はその文字列を見て見なかったことにした。

「何語っスか?」

同じく覗き込んだ赤崎が問う。

「スペイン」

「へー...」

相変わらずこういうのを見たら自分と世界の違う人だなぁと思ってしまう。

しかし、一緒に食事を摂る人が居るのに書類とにらめっこをするのは失礼だと思ってはその書類をテーブルから降ろした。

「大丈夫なんスか?」

自分達が邪魔をしてしまったのではないかと気にした椿が聞く。

食堂に来てまで仕事をしていると言うことは相当忙しいのではなかろうか...

「うん、大丈夫よ。それに、仕事をしながらだと消化に悪いし」とは笑った。


「そういえば。赤崎くんって、ユース出身だよね」

が問う。

「はい。って、さん。知ってたじゃないスか」

自分は入団する前にに声をかけられた。

あの時は相当な変人だと思ったが...

当時の自分を懐かしんでいると「いや、まあそうなんだけど」とも苦笑する。

「この間、久しぶりにスクール生の子の試合を見に行ったのよ。懐かしいなーって思って」

がそういった。

「懐かしいって何で?」

世良が聞くと

「昔。わたし、中学生のときとか子供達のサッカーを見に行ってたから。スクールの子達ってホント元気よねー」

そして、はふと思い出す。

練習を見に行って何度かこう..口の悪い子が居たのだ。あの時は、スクール生の練習中だったか...?

チームメイトに対して結構厳しい事を言う。

彼は上を目指していたらしく、だからこそ周囲のレベルアップを望んでいたようだったが、中々思うとおりに行かずに苛立っていたのだろう。

しかし、だからと言って言いすぎては良くない。

は思わずその子供に声をかけた。


「何だよ」とふてぶてしく返される。

「チームメイトなんだから。もっと仲良くしなきゃ。馴れ合えって言うんじゃないけどね」

小学生に対して言うにはちょっと難しかったかな、『馴れ合う』とかって...

ちょっとそんな反省をしていたらその少年は目に見えて不機嫌になった。

「遼くん!」とチームメイトが呼ぶ。

「おー!」と返事をした遼くんには「うるせーよ、オバサン」と言われた。

ニコリと笑ったはそのままその『遼くん』と呼ばれた子供のこめかみに拳を当てて

「体育会系はね?年長者を敬わなきゃね...!!」

と世間の厳しさも教えた。


「...あれ?」

思い出に浸っていたが首を傾げる。

「どうかしたんスか?」

赤崎が聞く。

は赤崎の顔をじっと見た。

じっと見られた赤崎は何か失礼なことをしただろうかと悩む。

「遼くん!」

が指をさして赤崎をそう言う。

「...は?何スか、突然」

赤崎は多少どぎまぎしながら聞き返してみた。

「赤崎くんって、下の名前、『遼』だったよね?」

「はい...」

何で今更そんなことを確認されているのだろう...?

「だよねー。ね、赤崎くん。昔近所のお姉さんに梅干されなかった?スクール生だったとき、練習中に」

赤崎は目を細めて昔の記憶を辿る。

「あ、あー...練習ん時に、ちっこい姉ちゃんに」

そこまで言ってハタとを見る。

赤崎の反応を見ては確信したらしい。

「変わらないねー」

笑いながら言うはもう食事が終わっており、「おさき」と言って席を立った。

「何?」

世良が興味津々に問うが、当の赤崎は頭を抱えて答えない。

何を言ったか覚えていないが、梅干をされたのだから余程のことを言ったかしたに違いない。

なんてことをしてくれたんだ、ガキのときのオレ...!!


午後の練習で赤崎は妙に大人しかった。しかし、その態度は却って不気味に思え、普段赤崎と衝突することが多い先輩たちは必要以上に訝しがったのは仕方のないことである。









桜風
10.10.23


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