| 人が居なくなったスタジアムのスタンドでは立ち尽くしていた。 さっきまでの熱気がもう消えた。 物凄い喪失感だ。 「これは、早く仕事を終えないと...」 そう言って、自分のデジカメを取り出してシャッターを切る。 「おう」と声をかけられては目を丸くした。羽田が立っていた。 「何で残ってるんですか?」 「忘れもんしたって言ったら入れてくれたぜ?」 「えー?!何、その警備」 は声を上げた。 羽田がすとんと座る。も何となくその隣で座った。 「何がしたかったんだ?」 「選手達に、みんなの顔を見てもらおうと思って...」 「それだけか?」 「それ以上は、フロントが立ち入ることじゃないから」 の言葉に羽田は溜息を吐く。 「の、割には好き勝手しやがって...」 「応援は楽しくしないと...今日は、見逃してくれてありがとう」 「ガキが傍に居るのに怒鳴れるわけないだろう...」 苦々しく羽田が言う。 「羽田さんって、見た目に反して意外といい人なんですよね」 「ちょっと前に怒鳴ったんだよ。前期に」 「あら?前科持ち」 またしても苦々しい表情を浮かべて舌打ちさえする。 「写真、撮ったのか?」 「うん。これでウェブの更新が出来る」 そう言って小ぶりのデジカメを振った。 「、ちょっとそこに立て」 そう言って羽田が立ち上がり、自分の携帯を取り出してに向けた。 「何でこっちに向けるの?」 「文句言うな。俺は今日、我慢したぞ」 は仏頂面になったが、それ以上文句を言わなかった。 「今日の試合、どうだったよ。久しぶりのゴール裏は」 携帯を構えたまま羽田が話しかける。今日の試合について聞かれては応える。 いつしか話が盛り上がり、も楽しく今日の試合について話し始める。 カシャっとシャッターを切る音がした。 「不意打ち!」 「良いだろう。ほら、そろそろ帰らないと警備員に叱られるぞ」 そういいながら羽田は携帯を操作する。 「ていうか、それどうするの?」 羽田の携帯で撮られた自分の写真は何に使われるのだろうか... 「了解もなくシャッターを切られる人間の気持ち分かったかよ」 そう言っての目の前で羽田はその写真を消去した。 「はいはい。もうしません。なるべく」 の返事に羽田は深い溜息を吐き、すぐに口角を上げた。 「送ってやる。歩きだろう?」 「助かる!」 バスがクラブに戻ってきた。 「おい、後藤さん!」 スカルズのメンバーが後藤の名前を呼ぶ。 後藤は少し警戒をしつつ彼の傍に向かった。 「今日も応援ありがとう」と挨拶をしたが、「これ」と言ってメモリーカードを渡してきた。 「何だい?」 「羽田さんから、への意趣返しだ」 そう言ってメンバーは笑い、帰っていった。 事務所に戻って後藤がそのメモリーカードの中身を見た。 一枚写真が入っているだけだった。その写真に後藤は目を細める。 「へえ?これ、誰から?」と不意に背後から声がして後藤は驚いて振り返った。 「達海?!」 「誰から?」 「スカルズの、サポーターのまとめ役のリーダーからだ。ちゃんへの意趣返しだってさ」 「なーるほどなー。なら、使おうか」 そう言って達海はニッと笑った。 「昨日の試合は、お疲れ様」 試合翌日、会議室で達海が言う。 「反省会の、前に...」 そう言った達海はパソコンを操作してある写真をテレビ画面に映した。 この反省会には昨日の試合でベンチ入りをした選手までが参加している。その全員が驚きの表情を見せた。 選手達が会議室から出てきた。 「お疲れさまー」と嗄れた声でが声をかける。 「応援、ありがとうな」と村越に声をかけられた。他の選手達にも同じような言葉をかけられる。 どういうことだ? は首を傾げて会議室の中を覗いた。 会議室のテレビには自分の笑顔が映されている。 「よく撮れてるよなー。最近の携帯のデジカメ機能って凄いんだな」 ニシシと笑いながら達海が言う。 「これ、何?」 「んー?身に覚えないか?」 「あるわ、あるよ。あるともさ!くっそーーー!!」 心から悔しそうにがその場に座り込んだ。 あの時、羽田が携帯を操作していたのはこのためか。メールでデータを送って、自分のを消去して... 「抜かった...!」 「でも、まあ。これを見てあいつらももっとやる気を出してくれたし、良いじゃん」 「イヤですよ!何ですか、この全開の..子供みたいな笑顔!!」 顔を覆っては俯く。隠されていない耳が真っ赤だった。 「そういやさ、こんな笑顔のサポーター。俺がここでプレイしたときも居たよな」 「だーまーれー!」 「その子、まだETUのサポーターだったんだなー」 「その口を縫うぞー!」 が一々反応を見せるから達海は面白がって彼女をからかう。 後藤はそんな2人の様子を温かく見守ることにした。放って帰ったら達海がを本気で怒らせそうだから、一応監視だけはしておかなくてはならないのだ。 |
桜風
10.11.6
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