アイコトバ 43





練習中にクラブハウスにタクシーが横付けされた。

その中から出てきたのは、ドレスを着た人で、大きな荷物も持っている。髪はふわふわした感じでアップでまとめている。華やかさが増す髪型だ。

慌てているようだが、走っていない。

いや、本人はダッシュしている。

ああ、か...

皆は納得した。

「集中しろー!」

松原に声をかけられてに気をとられていた選手達は練習に集中した。


「有里ちゃん!」

事務所に入ってきたに有里が駆け寄ってきた。

は荷物を適当に応接用のソファに文字通り投げて有里に向き直る。

「部長の準備は?」

「出来てます!」

「書類は」

「これです!ごめんなさい、せっかくの友達の結婚式だったのに...」

有里がしゅんとするが、はデコピンをした。

「時間がない!もう行きなさい。後藤さんに時間があるようだったら一緒に行ってもらって。印象が全然違う」

「はい!部長」

に返事をして有里は部長を促した。

うろたえている感じがなくもない部長はを見た。

「仕事してください」

が簡潔にそう言う。

広報部長はコクコクと頷いてそのまま事務所を出て行った。

部下がポカをしたら一緒に頭を下げにいくのが、上の仕事だ。いつもスポーツ新聞を楽しそうに読んでるんだからこういうときくらい仕事をしてもらいたい。

ロッカーの中からジャージの上着を取り出し、袖を通しては自分のデスクに向かった。



今度は有里と広報部長、そして後藤までもが慌てて出てきた。

クラブの車に乗って発進する。

練習を終えてダウンをしながら選手達は首を傾げた。

とりあえず、フロントが今大変なことになっているのは何となく分かった。



着替え終わって事務所を覗いてみた。

ひとりで忙しそうにしている。

?」

声をかけられてが顔を上げると丹波が居た。

「お疲れ様です」

そう言ってはパソコンのキーボードを叩く。

電話が鳴り、が出て謝っている。

これは、フロントが何かしてしまったのだろう。

と、いうことは。先ほど、有里と広報部長と後藤が出て行ったのは、相手先に直接謝罪をするためか...

電話を切ったに一緒に覗きに来ていた石神が「これ、ファックスすんの?」と聞いてきた。

書類を綺麗にまとめて発信先の名前とファックス番号がリストになっている。

「はい」とが言うと「んじゃ、俺やっとくよ」と言われてが慌てた。

「いいって。ファックスくらい出来るって。失敗してちゃんの仕事を増やさないから」

「いえ、そうじゃなくて。さっきまで練習をされていたでしょう?休んだ方が...」

が言うと「ははっ」と丹波が笑って「まあまあ」と宥める。

「コピー、どれ?今の電話の話だと8時までにカタをつけなきゃいけなんだろう?そっちの手伝いできないから、こういうことなら言いなって」

そんな話をしているとひょっこり事務所に顔を出してきた人物がまた増えた。

「あれ?さん、今日は休みだって聞いてましたよ?」

世良だ。

続いて赤崎が顔を出す。

すぐにでも顔を出したかったのだが、何となくどう言って事務所に入っていいか分からなかったので世良にくっついてきた。

「おー、ついでだ。お前らも手伝え」

「ええ?!」とが声を上げるが「いいっスよ」と赤崎が応じた。

「ほらほら、。早くしないと間に合わないぞ」

促されては諦めたのか、再びパソコンの画面とにらめっこをした。


カタリとデスクに何かを置かれた。

見ると、自分のマグカップにコーヒーが入っている。

「砂糖入れましたよ」

「ありがとう」

いつもはブラックで飲んでいるが、今はかなり甘いものが有難い。

コーヒーを淹れてくれたのは、今デスクにこれを置いてくれた赤崎だろうか。

「コピー、他には?」

マグカップに手を伸ばしたに丹波が言う。

「今プリントアウトしますので、それを10部」

「はいよー」

ちゃん。ファックスの確認電話しておこうか?」

石神に言われては断った。

確認の電話を入れると言うことは即ち謝罪も一緒に着いてくる。

選手にフロントのことで頭を下げさせるわけには行かない。

すぐにはファックスを送った各社に電話をかけ、ファックスの到着を確認して、今回のことについて改めて謝罪をした。









桜風
10.11.6


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