アイコトバ 46





帰りも赤崎が送ってくれることになった。

荷物は多いし、普段あまり履かない華奢な足元で、タクシーを呼ぶにしても手間だし。

有里たちも今日は事務所に戻らずに帰ると言う話になったので、戸締りをして事務所を後にした。

石神たちはいつもクラブに来るのにそれぞれ車などを使っているのでそれで帰るのだ。


「ごめんねー...」

が言うと赤崎は溜息をついた。

さん。『ごめん』よりも『ありがとう』の方が言われて嬉しいもんなんスけど」

と言うとは困ったように笑って「ありがとう」と言う。

「今日の、あれでもう大丈夫なんスか?」

「たぶんね。今日出来るものは全部やったし。それより、ホントありがとう。なんか、選手に事務仕事をしてもらってダメダメなフロントだと反省してます」

がそう言う。赤崎はチラッと彼女を見て溜息を吐いた。

「むちゃくちゃ難しいことをしたわけでもないし。さんだって、夏合宿のときはボールを蹴ってくれたじゃないスか。それが良くて、こっちがダメって逆におかしいでしょう」

「でも、きっとよそのクラブチームは選手にこんな迷惑をかけることしてないもん」

が言うと

「よそのクラブチームはGMが選手と一緒に走ったり、広報がコーナー上げたりしませんよ、きっと」

まあ、うん。中々ないメニューだったな...


のナビに従って車を運転していた赤崎は「次はどっちっスか?」と助手席を見て脱力した。

「ちょ、勘弁してください...」

路肩に車を寄せ、エンジンを切ってハンドルにもたれた。

は寝ていた。

疲れているのは分かる。先ほどまでバリバリ仕事をしていた。

その前は友達の結婚式でいつの間にか通訳。

着慣れない服とか足元とか。そういうのがあるから疲れるのは分かる。

だが...

そう思ってまた助手席をチラッと見た。

やっぱり寝ている。

此処まで無防備にされるとこれはつまり、自分は男として見られていないというか...いや、そういうことなんだろうな。

「ホント、勘弁してくれよ」

しかし、が起きなくてはの家にいけない。

触れても良いのか少し迷ったが、そっとの肩に触れた。

さん、次どっちですか」

遠慮がちにゆすって声をかけたが、反応がない。

本気で寝ているようだ。

赤崎は身を乗り出しての顔に近付く。

あまり頻繁に間近で見ることがない。今日はドレスに負けないように濃いめの化粧だ。

そのまま唇を重ねようとして、寸前で止まる。

このまま重ねるのは簡単だろう。うん、だって今でも起きないし。

でも、それをしたら後ろめたさでこの先とまともに顔を合わせられないだろうし、触れることが出来なくなりそうで思いとどまった。

「ETUが大ピンチです」

耳元でそう言うとの目がぱちりと開いた。

赤崎は呆れるやら可笑しいやらでとりあえずこみ上げてきた笑いを抑えずに声を上げて笑った。

「何?なんで赤崎くん笑ってるの?!」

さん、寝てたから。ゆすって声をかけても起きなかったのに『ETUが大ピンチです』って言ったら起きるんですよ」

そういいながらも赤崎は笑う。

「う..あれ?ホント?どれくらい寝てた??」

「さあ?気がついたら寝てたんで」

そう言って赤崎は再びエンジンをかけた。

今度は寝なかったはきちんとナビをして自宅まで連れて帰ってもらった。

「ありがとう。今度また改めて御礼するから」

「期待しないで待ってますよ」

赤崎はそう返して車を出した。




部屋のドアをノックした音に返事をした。

ドアを開けたのはで、「昨日のシャツ貸してください」と言う。

「んー、ちょい待って」

そう言いながら達海は投げているポロシャツを引っ張った。

折りたたみの椅子を持っていたはその場に椅子を広げてそこに腰をかけて達海のシャツにボタンを付け始める。

「わたし、自分の髪の方を切られるんだと思っていました」

の言葉に達海は笑う。

「俺も最初はそうしようと思ったよ」

「じゃあ、何で?」

の髪を切ったらぶっ殺すって目で見てたヤツがいたから。ま、どんなに不器用なでもボタン付けくらいならできるだろうって思ってさ」

「後半、要らないですよね?」

「要る要る。最重要事項」

笑いながら達海が返した。

は、アイツ好きなの?」

「アイツって誰ですかー」って聞いたら名前を言われるだろうし、と思っては沈黙を守った。

達海もそれ以上は深く突っ込んでこない。

「はい、出来上がり」

そう言って糸を切る。

「んー、まあまあだな」

渡されたシャツを見ながら達海がそう評し、「そりゃ、どーも」と適当に返しながらは裁縫道具を仕舞う。

「じゃ、失礼します。ケン様のDVDは明日の朝持ってこれると思います」

そう言ってが折りたたみ椅子を持って部屋から遠ざかる。

「あー、でもさ」と達海が言葉を続けた。

「応える気がないからそれをはっきり示すべきだな。言葉でも、態度でも」

一度足を止めたはそのまま聞こえなかったかのように歩き出す。

「俺みたいにさ」

ポツリと呟いた声はそれを口にした本人以外の誰にも聞こえないものだった。









桜風
10.11.13


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