アイコトバ 49





さん」と彼女の名前を呼んでふと思い出した。

呼ばれたは振り返って「はい?」と返事をする。

赤崎は少し小走りになってに追いついた。

「なに?」

「あ、えーと...なんでもないけど見つけたんで思わず」と正直に言う。

は目をぱちくりとして苦笑した。

「そーですか」と笑う。

「いいじゃないスか」と拗ねる赤崎にはまた笑った。


はこれからお使いに行くところだと言う。

「お使いって、大抵さんが行ってますよね」

クラブハウスから出て行くのは大抵だ。有里はそんなに外出しない。

「うん、そうね」

「何で?」

素直に思ったことを聞いてみた。

「体を動かすのが好きだから」とあっさり返されてきょとんとした。

「それだけ?」

「他に?あ、わたしが有里ちゃんにいじめられてると思われてる?」

カラカラと笑いながらが言う。

「や、そうは思ってないスけど...」

でも、自分が育った世界では実力があっても偶に年功序列の方が優先されて自分よりもヘタクソな先輩でも偉そうに自分を顎で使ったりする。

あれ?でもそうしたら有里がの先輩じゃないといけないのか??

「そういえば。さっき思ったんスけど。オレ、いつからさんのこと、名前で呼び始めましたっけ?」

言われては笑う。「なに?突然...」と。

だよなー...

でも、確か最初は苗字で呼んでいたんだ。

皆が名前で呼んでいて、それを特に気にしていないようだから、物凄く勇気を振り絞って呼んだら「はい?」ってさっきみたいに全く気にしないような返事があってちょっと肩透かしを食らったのだ。


さん!」

誰だよ、と赤崎が振り返ると椿が駆けて来ている。

そういえば、コイツもいつか名前呼びにするのかな。生意気だよな...

そんなことを考えていると、「なに?」と赤崎に返すのと同じトーンでが椿に声をかけた。

少しくらい差を作って欲しい。

「あの、永田さんは?」

「事務所、居なかった?」

が問うと椿は頷く。

「有里ちゃんに呼ばれたの?」

「いや、あの..広報のとか何とかで今朝声をかけられたっス」

椿の言葉には首を傾げた。

何だろう...

「ちょっと確認しようか」

そう言っては回れ右をして事務所に戻ることにした。

「あ、ザキさんお疲れっした!」

と共に玄関に向かっていた赤崎に椿はそう言ってと共に事務所に向かう。

「お疲れ様」と言われては帰らないわけには行かない..のか?

恨めしげに椿の背中に視線を向けるとが振り返って苦笑していた。

「オレも行く」

ムキになって赤崎は椿との間に割り込んだ。

「ザキさんも用事があったんスか?」

「...おう」

全然ないけど、面白くないからと心の中で呟きながら答える赤崎にはまたしても笑っている。

さん!」

赤崎に名を呼ばれて「はーい」とは大人しくなる。


事務所に戻ってきたに「早かったなー」と声をかけたのは達海だった。

「いえ、まだ行ってません」

「何だよー。亀さんがウサギさんになったと思って感動したってのに」

「誰が亀だ」とは毒づきながら「失礼」と有里のデスクの引き出しを開けた。

「そこって、有里のだろう?」

「有里ちゃんが椿くんに何か広報の用事をお願いしようと思っていたみたいなんですよ。でも、有里ちゃんが行方不明だから...」

そう言いながらは有里の引き出しの中の書類を漁る。

「部長は何か聞いて..ませんよね」

一応、念のために上司に問うてみたが、が聞き終わる前に彼は首を横に振った。

「んで?赤崎は何で一緒に来たの?」

達海が突っ込む。

「や、別に...」

「そういえば、藤澤さんが監督の取材をしたいって申し込んできてました」

「パース」

面倒くさそうに達海が言うが

「有里ちゃん、受けてました」

が答える。

「何で有里はそんなに俺に仕事をさせたがるかなー」

「ねー、オッサンなのに」

が言うと

「後藤に言っておいてやろう。あいつんが俺よりも年上だ」

と達海が言う。

「あった!」

達海の言葉に反応を示すことなくが有里のデスクの引き出しから書類を取りだした。

「ああ、取材が入ったんだ。その日程を伝えたかったんだね」

そういいながらメモ帳にその日付を書き込む。

「こちらに来てくださるみたい。あ、明日だわ...オフなのに、悪いんだけど」

そう言って椿を見た。

「わかりました」と椿が頷く。

そして事務所を後にする。

残された赤崎は帰るタイミングを逃した。

「たぶん、赤崎くんが入団したその年のシーズンが終わったくらいでしょう」

ふとが言う。

「は?!」

「さっきの。考えてたんだけど、たぶんね」

『さっきの』と言われてそれが何か分かった赤崎は目を丸くした。

「覚えてたんスか?」

「んー?季節は覚えてたけどね。名前を呼ばれて振り返ると赤崎くんって真っ赤になって立ってたから。ああ、外はそんなに寒かったんだーって思ったもの」

グッと詰まった赤崎は「それ、忘れてください」とお願いをする。

「なあ、ー。俺のプリンまん、まだ?」

何となくラブコメ的な雰囲気を簡単にぶち壊して達海が言う。

「わたしがよく行くコンビニでそんなけったいなものを見たことはないんですけど...」

が答えると

「えー!俺はプリンまんが食べたいのにー」

と文句を言う。

「それがなかったら肉まんで良いですね」

「チーズまん」

「何でそんな変り種ばっかり欲しがるんですか」

呆れた口調でがそういい、先ほど出かけるために持っていたバッグに手を伸ばした。

「じゃ、行こう」

赤崎に声をかけては事務所を出て行く。

「ウス」と赤崎はそれに続いた。

「ところで、何の用だったの?」

廊下に出てが問う。

赤崎はちらりとを見下ろして「最初に言ったじゃないスか」と少し素っ気無く呟いた。

笑ったら赤崎の機嫌が悪くなりそうなので、は心の中でそっと苦笑を漏らした。









桜風
10.11.27


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