| 部屋の中に充満する匂いにはいよいよ気分が悪くなり「ちょっと息抜き」と言って逃げ出した。 女の子と言うのは、ホントに怖いなぁ... 心の中でそう呟き、は外の空気を吸うべく玄関に向かった。 バレンタインデーなんてものは、フロントにしてみたらきっと罰ゲーム以外の何者でもないと思う。よそのクラブでもきっとこんな感じなのだろうな... 「ちゃっす!」 休憩中なのか、声を掛けられて振り返ると世良が居た。 「お疲れ様」とが返す。 「今年、どうっスか?」 「世良くんは楽しみなの?」 聞いてみると「そりゃ、まあ。楽しみっスよ?」と返されては「へぇ」と間抜けな声を漏らす。 誕生日と同様、手作りはお断りとなっており、勿論選手に直接渡すことも禁止している。 まあ、イベントがイベントなので食べものはダメとはいえないが、なま物は勿論アウトだ。 誕生日はなんだかんだでバラけているが、この日はそうも行かない。そうは言っても、量が量だけに結局数日の時間を要してしまっているのが、現状だが... 「でも、たくさんもらって、全部食べるの?」 「...どうだろう」 世良が首を傾げる。 「さんは、チョコレートは苦手なんスか?」 「基本的には好きだけど、この時だけは胸焼けしそう...」 昨シーズンの活躍もあり、今年は一層送られて来た量が多かった。 スタッフにしてみれば嫌がらせだと思うが、その嫌がらせの中に自分の母親から後藤宛のそれを見つけて即行文句の電話をしたのはつい先ほどだ。 一度伸びをしてはまた作業を行っている会議室に向かうことにした。 部屋には「取り敢えず半年は見たくないかなー」と思う程度のチョコレートと思われる物体が山と積んである。 仕分け作業を行っている有里は只管「いいなぁー」と繰り返しているが、これは夢に出てきそうだとは溜息をつく。 意外と監督宛も多くて、まだまだ人気があるんだなと驚いた。 仕分け作業中は会議室の中では会話がない。 禁止と言うことではないのだが、会話をすればするほど作業が捗らないので、自然とそうなった。 気が付くと日はとっぷり暮れていて、目の前の山も小山程度に落ち着いた。 「仕事、ひとつも出来なかった...」 の呟きに有里も「今年はホント、大変ですよね」と同意する。 コンコンとノックの音がしてドアが開く。 「おー、すげーなー。まだ仕分け作業が終わんないんだ」と入ってきたのは達海だった。 「何か?」とが用件を促すとデータが欲しいと言う。 今度のプレシーズンマッチが決まっている川崎の新外国人選手のものがあるなら見ておきたいと言うのだ。 「あー、それなら取り寄せました」とがいい、有里を見る。 はしばしば休憩を挟んでいたが、有里は全くそれがなかった。お手洗いに立ったくらいだから、休憩とは言い難い。 「あと、夜食頼める?」とが声を掛けると「わかった」と有里が頷く。 残ったは黙々と作業を続けた。 「おわったー!」と諸手を挙げてその場にごろりと寝転ぶ。 あまり綺麗とは言えない床だが、それでも疲れたのでごろりと寝転びたくもなる。 そしてちらりと山を見た。 毎年のことだが、ジーノがダントツで、村越、杉江が続く。 しかし、今回は椿と赤崎がトップ集団に加わった。 「ま、あれだけ大活躍したんだからねー」とひとりごちる。 何となく複雑な心境に陥っている自分に一番複雑な思いを抱きつつ、ごろりと寝返りを打つ。 すると、靴が見えて慌てて体を起こしたらその人物がしゃがむ。顔を見て、は少なからず驚いた。 「たぶん汚いっスよ、床」と言われて「分かってるけど、疲れたの」と返した。 「おかえり」と言うと少しくすぐったそうに目を細めた赤崎が「っス」と返す。 「仕分け、終わったんスか?結構掛かりましたね」 「うん、さっきね。今年は多かったもん」と頷いて会議室内の壁掛け時計を見るとやっぱり遅い時間で、なんでこんな時間に赤崎がいるのかが不思議だった。 「これ、さんひとりで?」 そう聞かれて「ううん」と首を振る。 「さっきまで有里ちゃんと一緒に。その前まではスタッフ総出だったんだけど、他の業務もあったし、家庭のある方などなどは大抵定時にお帰りあそばされて...」 残ったと有里が殆ど仕分け作業を行っていたのだ。 「ふーん」と言った赤崎は自分の山を指差して「いくつか持って帰ります?」と聞いてみた。 「当分チョコレートはその言葉すら聞きたくない」 の返しに赤崎は苦笑した。 つまり、今年の自分は彼女からそういったものがもらえないと言うことか... 「義理で、明日で良いならコンビニかどこかで買ってくるけど?板のでいい?」 顔に出ていたのか、が笑いながらそういった。 赤崎は少し不満そうに表情を歪めて「義理なら、いいっス」と返し、そんな素直な反応にはクスクスと笑った。 「向こう、どうだった?」 赤崎は五輪代表として遠征に行っていたので、久しぶりの対面となる。 「まあ、でっかかったスね。何か、色々」 「ふーん」と返すと「でも、」と赤崎が続ける。 「言葉の壁、あんまなかったスよ。他の奴ら多少ビビッてたけど、オレは別に...」 そう言ってを見た。 「去年までさんが英語で話してたからなんスよね、きっと」 ふと、赤崎は自分の発言に「ん?」と首を傾げる。 「まさか、さん。そのため?」 「By the way, how?」 そう言っては笑い、赤崎は「はぐらかされた」と口を尖らせた。 |
桜風
10.12.25
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