アイコトバ 59





「あれ?」

は後半の陣形を見て首を傾げた。

マークが変わっている。前半、そんなに悪い動きをしていたようには思えない。

だったら、何でマークを弄るんだろう...

「姉ちゃん、王子のマークが八谷にかわってるよ」

さすがスクール生。目ざとく見つけてそう言う。

「だよねー。何でだろう...」

同意してはやはり首を傾げた。



「む?!マークを変えた?さては俺に「あー、もう。うるさいねぇ」

何か言おうとした八谷の言葉を遮ってジーノが声を出す。

を気に入ったんだって?」

ジーノの言葉にちょっと考えた八谷は「『』とは『ちゃん』のことだな?!」と言った。

冷ややかな視線でジーノが彼を見る。

「あの飄々とした感じと、結局の面倒見の良さが良い!絶対にいい嫁さんになる!」

「ふーん。まあ、見る目はある方じゃない?」

ジーノはそう言ってパスを受けてそのまま八谷を強引に突破した。

あのジーノが強引にドリブルでの突破というのは意外だった。この光景を目にした者が皆、そう思う。

何せ、フリーで椿が上がっていたのだ。あの足を使わない手はないだろう。

「おもしれー」と達海は呟く。

いつだったか、松原が言っていた。彼は代表になれる逸材だと。でも、やる気が見られないなどが原因で代表に呼ばれることがなかった、と。

ジーノの才能については達海も一目置いているが彼のその性格については矯正できるものではないので、その性格込みで作戦を練って彼に役割を振っているのだが...

「監督!ジーノが!!」

松原が感動したように訴える。

「あー、うん。ま、この試合限定だろうけど。しかも、これ1回きり」

達海が言ったとおり、その後の動きはいつものジーノと変わらない。だが、一度ドリブルでの突破をされたがために八谷のプレイに迷いが出てくる。

さらに、彼のパスは悉くジーノがカットしていた。

「いやぁ、ホント。あいつはすげーなぁ...」

達海が呟いたと同時にホイッスルが鳴った。

試合はETUの勝利。そして、後半八谷は全く仕事をさせてもらえなかった。

「くっそー!」と悔しがっている八谷にジーノが近付く。

「ねえ」と声を掛けられて八谷が振り返った。

はダメだよ」

そう一言だけ口にして背中を向ける。

「な?!」

「あの子は、ウチの子だ。大切な、ね」

背中を向けたままジーノはそう付け足して仲間と共にサポータへの挨拶に向かった。


今日のスタンドにはの姿がまだあった。

以前スタンドに潜入したときには姿をくらませていたのだが、今回は最後までいることにしたのだろう。は満足そうにニコニコと笑って拍手をしていた。

ロッカールームに向かう途中、赤崎は思い切ってジーノに声を掛けてみた。

が絡んだ途端にやる気を見せたジーノ。

聞きたくはないが、何か特別な想いとかあるのだろうか...

「どうしたんだい、ザッキー」

「王子って、さんのこと...」

そこまで聞いて赤崎は口をつぐんだ。

ちょっと待て。こんなことを聞いたら何か勘ぐられないだろうか...

「好きだよ」とさらりと言われて「え?!」と思わず声を上げた。

「ああ、でも。ボクの好きはザッキーの好きとは違うから。は『お気に入り』という意味で好きってコト」

そうか、と安心した途端「あれ?!」と気になる単語があることに気が付いた。

「あの、王子...」

「ザッキー、この際だから言っておくけど。君、案外分かりやすいんだよ。皆が大人で良かったね」

ウィンクをしてそう言い、そのままスタスタとロッカールームに向かったジーノを呆然と見送る赤崎は「え...?」と声を漏らした。



クラブハウスに戻ると、先に帰っていたが「お帰りなさい」と選手達を出迎える。

「ねえ、

バスから降りてきたジーノが声を掛けてきた。

「お疲れ様」と声を掛けるに「うん」と頷き、「ストーカーの被害とかに遭ってない?」と言葉を続けた。

「は?!」

「具体的な犯人像は神奈川県に住んでいる、うるさいサッカー選手。司令塔みたいなんだけど」

「...例えば。今日、ジーノが後半にマークした人?」

何か例が具体的過ぎる。

が問うと「警察にちゃんと相談するんだよ」と言ってそのまま去って行った。

何だ...?

が首を傾げていると「さん」と赤崎が声を掛けてきた。

「お疲れ様」とが声を掛けると「ウス」と返事をする。

「あの人、ストーキングしてるんスか?八谷さん」

「さすがにそれをされたら川崎に電話するよ。川崎に訴えてダメなら、近藤さんに手紙を出して注意してもらうようにネルソン監督に話してもらう。八谷さんはネルソン監督を崇拝してるみたいだからね。
最悪、警察だろうけど。それをやったらウチまでマイナスイメージになるから避けたいしね。どうかしたの?」

に聞かれて今日の試合の話をした。聞き終わったは苦笑する。だから、マークが変わったのか...

「あの、王子って。もしかしてさんのこと...」

「ないない」と手を振りながらが笑った。

「前に言われたのよ。わたし、ジーノを特別扱いしないでしょう?今までそういう女の子と接したことがなかったから、彼にとってわたしは珍獣なんだって。退屈しないから重宝するって言われた。『何様だ!』と返したら『王子様』って言われたから絶対にジーノを『王子』って呼ばないって決めてるんだけどね」

きっとその反応もジーノにとっては愉快なのだろう。

「...ところで、赤崎くん。もし、ジーノが赤崎くんと一緒だったら、赤崎くんはどうするつもりだったの?」

興味本位で聞いてみた。

「え?!」と少し怯んだ赤崎に「なんでもない」と言ったは広報部へと足を向けた。

しかし、手首を掴まれて進めなくなる。

「負けないっス、誰が相手でも」

真剣な眼差しでそういわれては反応に困った。ちょっとからかってみただけなのに...

「そか」とが呟き「ウス」と赤崎は頷いて手を離した。

「じゃあ、お疲れ様」と声を掛けて改めて広報部へと足を向ける。赤崎に掴まれた手首はジンと痺れていた。









桜風
11.1.1


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