アイコトバ 60





が風邪を引いたと聞いた。

元々風邪気味であったらしく、まだ本格的に風邪になる前には病院にも行って、仕事も休んだらしいのだが、忙しさのお陰で体力も落ちていたのかそのまま本格的な症状が現れたと言う。

「そんなに悪いの?」

石神が有里に聞いた。が休み始めてもう5日だ。

「んー...まだ声は出ないみたいです」

だから連絡は全てメールにしているそうだ。そして、完治するまで出勤しないといっているそうで、有里は今非常に忙しい。

「殆ど治ってて体がきつくないなら出て来てもいいのにな。それこそ、移った方が自己の体調管理できてないってことになるし。今度は有里が倒れるだろう」

丹波の言葉に石神は頷いたが、有里は首を横に振る。

さんがそれをよしとするはずないですよ。私なら大丈夫ですし」

「そっか。でも、まあ。俺たち愛されてるよなー」

苦笑しながら丹波が言い「だなぁ」と石神は苦笑した。



練習の帰りに赤崎は寄り道をすることにした。

声が出ないと聞いていたが...

マンションの前に車を停めて携帯を取り出す。

アドレスは交換していないが、通信会社が同じであるため、電話番号でメールは送れる。

体調を気遣う内容の文章とメールアドレスを送ってもらいたいことを書いて送信した。

このままショートメールでやり取りをしても良いけど、文字数の制限がまどろっこしい。それでなくともメールでのやり取りとなると手間がかかると言うのに...

間もなくの番号のメールが届き、開いてみるとアドレスだけが書いてあった。

『何か要るもんありますか』

と送ると

『大丈夫』

と返ってきた。

『ちゃんと栄養のあるもん食ってるんスね?』

そう確認したら返事がすぐに返ってきた。『大丈夫』と。

こりゃ、嘘だな...

赤崎はそう悟り、のマンションの近所のドラッグストアに向かった。



突然赤崎からメールが来ては正直驚いていた。

病気で弱っているところに優しい言葉はとても危険だ。うん、とても危険。

だから、大丈夫の一点張りをしてみた。

その後、メールがないので納得してくれたのだろう。

栄養のあるもの。実はこの家には現在まともな食事の材料がない。

かと言って外に買いに行くのは億劫で、達海曰くの『得意の気合』で何とかならないかと考えているところなのだ。

...どうにもなっていないが。

薬を飲む前には何かを胃に入れておかないと危険な気がして、家にある携帯栄養補助食品を食べては薬を飲んでいたが、やっぱり栄養が足りていないのだろう。ちっとも良くならない。

せめてサプリメントを今度から常備しておこうと心に決めたのはつい2日前だ。

またしても携帯が鳴る。

『オートロック解除してください』

赤崎からで、そんなことが書いてある。

『何で?』

ああ、声が出ないのがもどかしい。こんな一言をメールで...

『差し入れ買って来たから』

『顔を合わせられないですが...まだ風邪が抜けてないから』

そう返したら『ドアんところに置いておくだけにしますから』と返事があってはオートロックを解除した。

少ししてドアの前でごそごそと音がして『ドアノブに掛けました』とメールが入る。

それからは5分ほど待ってみた。いくらなんでもそろそろ帰っているだろう。

そう思ってドアを開けるとガッとドアの隙間に足が入ってきた。

「はい、お邪魔します」

赤崎だった。

そのまま軽々とを抱えて家の中に入り込み、キッチンに立つ。

「こらー!」

掠れる声で赤崎を叱った。

「マスク、してるでしょう。つか、これでよく『大丈夫』っていえましたね」

呆れて赤崎が言う。何も入っていない状態の冷蔵庫を開けられた。

「あのねー、いくら赤崎くんが若くてアスリートで、体調管理に気を使っているからと言っても、絶賛風邪引き中の人間の家にやって来るのはどうかと思うよ」

プリプリ怒りながらが言うと「じゃあ、あと何日我慢したらさん出て来るんスか」と返された。

が首を傾げると「もう5日も顔を見てないんスよ」と拗ねたように言われての口元がむずむずと緩む。

そんなの表情を見て赤崎はそっぽを向いた。

はいはい、どうせガキみたいですよ!

そして、今更ながらにハッとした。

何と言うか、今改めてを見たらこう..弱りきっているのが手に見て取れて。

ちょっと自分的にも拙いと思ったのだ。

「えーと、これ。レトルトのお粥と、ポカリと...栄養ドリンクと、サプリメントっス」

「うん、ありがとう。さ、そろそろ帰ってもらえるかしら?」

ニコリと微笑んでが言う。

怒ってる..んだよな?

「すんませんした」

ペコリと頭を下げて赤崎は玄関で靴をはく。

「赤崎くん」とが声を掛けた。

顔を上げると

「ありがとう。感謝はしてるけど、風邪は持って帰らないでね」

が困ったようにそう言った。

最初から最後までは赤崎の体調を気にしているのだ。

「...すんませんでした」

ドアが閉まり、靴音が聞こえなくなったのを確認して玄関のドアの鍵を閉めた。

弱っているときに優しくされると、いくらわたしでも流されるでしょうが...

溜息を吐きながらはそう思った。

ちゃんとマスクをしてきたことを褒めなかったのは拙かったかな...

反省しながら携帯を触る。



の住んでいるマンション近くのドラッグストアに置きっぱなしにしていた車に乗ると丁度携帯がメールの受信を知らせた。

何だろうと開けてみるとからで、添付ファイルがあった。

『これであと数日我慢すること』

件名がそれで、添付ファイルを見て赤崎は無駄に慌てた。

自分が何とかして手に入れたいと思っていたの写真だった。普通の写真ではなく、昨シーズン中にスタンドで応援したその後の写真で、反省会のときに見せられてあのデータはどうやったらさりげなくもらえるかと延々と悩んだものだった。

ついさっきまで進行形で悩んでいた。

『早く良くなってください』

どういう返事が一番動揺のない、さりげないものになるかどうか悩んだ挙句にそう返した。

「ははっ」と返信の文章を見ては苦笑した。

赤崎はその一言のために1時間近く悩んでいたので、彼の動揺はばっちり伝わったのだ。



その数日後、全快したがクラブハウスに行くと有里がほっとしたように息を吐いた。

「ごめんね」

「いいです。私もきっとさんにこれからたくさん助けてもらうんですから」

有里の言葉に「任せてよ」と笑って返す。

「おー、久しぶりじゃん。ってバカじゃなかったんだなー」と達海に言われて「いいえ、自己の体調管理も出来なかったおバカさんですよ」とが返す。

の返事は意外だったらしく達海は肩を竦めた。

「ま、『お帰り』だな」

不意を突かれては目を丸くして「ただいま、ですかね」と苦笑して応えた。









桜風
11.1.1


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