アイコトバ 62





今年のETUの好調っぷりは近年稀に見るものがあり、その分、広報の仕事も増えてきた。

そんな中、有里が体調を崩した。

はシーズンが始まったばかりのときだったが、有里はシーズン後半。結構忙しいときだ。

その中で有里が欠けたのだからフロント的にはちょっとキツイ。

それを思って有里が無理を押して出てくるといったのだが、に説得されて休んでいた。


「はぁ」とが溜息を吐く。

「幸せが逃げるぞ?」と達海に言われた。

「すみません、失礼しました」

誰にも聞かれていないと思ったから盛大な溜息を吐いたのだ。

「どうしたんだよ、も体調不良?」

「いいえ」とが返す。

「んじゃ、何でそんな溜息を。あ、トシ?」

「ちょっと黙ってもらえます?アラフォー監督」

「ジャスト40の後藤にはお前優しいよな。あ、そうか。DNAか」

達海の言葉に盛大な溜息を吐いて「後藤さんは無駄口を叩かないからじゃないですかね」とが返す。

ちなみに、今は移動のバスの中だ。

東京VICTORYの本拠地に向かっている最中で、いつも同行をしている有里が欠けているので、が同行と言う形になった。

「で、その溜息のワケは?」

「ビクトリーの本拠地に行くって事ですよ。向こうが来る分は、たぶん大丈夫なんですけど...」

変なの、と達海は首を傾げた。

ああ、でも。そういえば両親の離婚の原因になったのが東京ダービーだったなと以前聞いた話を思い出した。



試合は同点で終わった。再三チャンスがあったのだが、悉くビクトリーのDFに潰された。

達海の横を歩いていると「!」と名前を呼ばれて振り返ると良い年したオッサンが両手を広げて突進してくる。

はぎょっとして構え、そのオッサンの腕を掴んでオッサンをくるりと地面に落とした。

「あいたたた...」と腰を押さえて立ち上がるオッサン。

「誰?」

「知らないオッサンです。寧ろ軽いストーカーです」

の言葉に「ふーん」と達海が言い、「どうやってここに入ってきたの?」とに転がされたオッサンを見て首を傾げた。

彼の首にはスタッフIDが提げられている。つまり、スタッフだ。よくよく見れば東京ビクトリーのスタッフ証である。

「どういうこと?」と呟く達海に向かってオッサンは指差した。

「達海!」

「うん」

名前を呼ばれたので頷いた。

「きっさまー!ウチの娘を誑かすとは良い度胸だ!!」

「...『娘』って言ってるけど?」

「知らないオッサンです」

飽くまでも目の前のオッサンは『知らない』らしい。

、パパだよ」

「知りません。誰ですか、オッサン」

真顔で返された彼はかなり大きなダメージを受けているようだ。

「昔は『パパ大好き』ってだっこをねだっていたが...ETUのサポーターになったからこんなに根性がひん曲がって」

さめざめと泣く真似をするオッサンに向かっては冷ややかな視線を向けた。

「喩えば、父親と言うのは。娘が夢に向かって突進しているのを全力で邪魔をするものでしょうか」

の言葉にオッサンは言葉に詰まる。

「いや、アレは...ほら、ETUのような貧乏チームに入ったらだって苦労するだろうと思って。親心だよ」

「大きくて余計なお世話です、そんなもん」

「えーと、親子喧嘩?」

首を傾げて達海が言うと「そうだ!」とオッサンが言い、「親って誰のことですか?」とが真顔で返した。

「何をしてるんスか?」

村越が声をかけてきた。

「ストーカーがとうとう此処まで追いかけてきたんです」

真顔で言うに村越は少し驚いたが、そのストーカーらしいオッサンに視線を向けた。

あれ?何処となく似ているような...

そう思ってを見る。

「身内じゃないのか?」

「チガイマス」

ああ、身内か。

「とりあえず、そろそろ時間だ」

そう言ってと達海を促して自分は先にバスへと向かった。



「あれって、の親父さんだろう?」

バスに乗って一旦総括を終えた達海が言う。

「さあ?」

「ビクトリーの関係者だったんだなー。じゃあ、のお袋さんは何でビクトリーの関係者と結婚したんだ?」

は溜息を吐いた。

「あのオッサンは脱サラして15年位前にビクトリーに入ったんですよ。それまでは大手商社の営業マン。両親が離婚したときには姉が父について行ったんですけど、脱サラされた瞬間、うちに姉が転がり込んできました。戸籍とかそういうのはそのままで良いけど、養ってって。ちなみに、あの人はスカウトだそうです」

「へー...んで。の夢を邪魔したってのは?」

「ETUの面接の日に電話がかかってきたんです。『ぎっくり腰をしてしまって動けない。助けて欲しい』って。さすがに、遺伝子的に親なので放っておくわけには行かないだろうって思ってその年の就職を諦めようとしたんですけど、運よく海外に住んでいた姉がこっちに帰ってきたので事情を話したら自分が見に行くといってくれて。
試験が終わって慌てて家に行ったら元気な父が嘆き悲しんでいて...
まあ、つまりぎっくり腰なんてわたしの就職活動の妨害活動だっていうのが分かって。それ以来、まずわたしから連絡を取ることはしなかったし、出来れば接点を持ちたくなかったんですよ」

親父さん、ひでぇ...

聞き耳を立てていたバスの中の一同は心の中で呟いた。

「で。親父さんは何で嘆き悲しんでたの?」

「姉がフィアンセを連れて帰ったんです。自分と同じ年の。姉のおなかにはもう赤ちゃんがいました。良く飛行機に乗って帰ってきましたよ」

の姉ちゃんって何歳?」

「堺さんとか丹波さんと同じ年です、確か」

「...そりゃ、親父さんショックだったかもなー」

達海の呟きには「ふん」と鼻を鳴らして窓の外を眺めた。

「で、黒帯ってあれ?」

「合気道です。やられたら倍返し。わたしの信条にとても合っています」

「...かもな」

席替えできないかな...

達海は何となくそう思って少しでもとの距離を取ろうとした。









桜風
11.1.8


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