アイコトバ 63





明日の試合に勝利したらETUのリーグ優勝が決まる。

しかし、そんなことにここ10年全く無縁だったこのチーム。フロントとしても何をどうして良いのかという感じであったため、が仕切って皆に仕事を振ってみた。


「あれ?ひとり?」

ドアを開けて入ってきたのは達海だ。

「お疲れ様です。みんなてんやわんやです」

がそう言うと「ま、仕方ないか」と苦笑した。

、俺コーヒー飲みたい」

「そこに作り置きがあります」

がいうと「注いで」と言われて彼女はこれ見よがしに溜息を吐いて立ち上がった。

「どーぞ」と少し乱暴にテーブルの上にマグカップを置く。

「ありがとー」と礼を言った達海がマグカップに口をつけた。

「なあ、

マグに口をつけたまま彼女の名前を呼ぶ。

「何ですかー」とパソコンを操作しながらが返事をした。

ってさ。ETUが優勝したら、辞めようとか思ってない?」

の手が一瞬止まる。

「何で?」

「何となく、そう思っただけ。どう?」

聞かれたは顔を上げて微笑んだ。

「そか」と達海は納得したように呟き、コーヒーをまた一口飲む。

「リーグ、明日優勝して。そのあと、天宮杯も貰っちゃおうかな」

軽い口調で言う達海には苦笑した。



翌日、クラブハウスの屋上では膝を抱えて座っていた。

ガチャガチャと梯子がかかる音がしてギッギッと上ってくる音がした。

「なぁんだよ。そこにあったのか」

いつもの梯子が見つからずに新しいのを探して架けたのに、その梯子は屋上に上げられていた。

「誰にも上がってきてほしくなくて、こうしたので。降りてください」

が真顔で言う。

「やーだよ」と達海があがってきた。そして、梯子を屋上に上げる。

「次は、天宮杯だ。あいつら、ホント頑張ったもんなー」

そう言って横に座るを見た。

「...なんで辞めるの?」

不意に達海が問いかけてくる。

「わたし、辞めるなんて言ってませんよ」とが返すと「眸が言ってた」と言われて肩を竦める。

「...わたし、ETU一筋だったんです。今まで何かにつけても」

の言葉に「うん」と達海が頷く。

「それで思っちゃったんです。それがなかったら、わたしって何が残るのかなって。なんにも残らなかったらホントに何してるんだろうって思って...
わたしの目標って、『強いETUがまた見たい』だったんですよね。そのためにがむしゃらに」

「何で今期?まぐれかもよ?」という達海の言葉に「監督が何てことを言うんですか」とが苦笑する。

「『毎年優勝する』ETUが見たかったんじゃないんです。『強い』ETUが見たかったんですよ」

「ま、今のウチは確かに強いけど」

達海の言葉に「うん」とは頷く。

「辞表なんて後藤が受理しないよ。あ、スタッフは会長だっけ?」

は苦笑した。

「例えば、わたしが辞めると言って。有難いことに留まるように言ってくれたとして。わたしを説き伏せてその考えを変えられる人、いますかね?」

「俺でムリだったら、もう居ないだろう。...赤崎は、まだ足りないだろうし」

突然出てきた名前には眉間に皺を寄せる。

「あっちはバレバレ。こっちも、それなりに気づいてるよ」

歌うように達海が言って悪戯っぽく笑う。

は10年前の俺に比べたらまだ子供だなー」

ちらりとに視線を向けると彼女は苦笑していた。

が俺のこと好きだったの、知ってるよ」

「でしょうね。あー、ムカつく」

の反応は意外だった。達海は目を丸くする。

「当時はそんなのわかんなかったけど。今思えば何となく。達海さんの優しさと期待って物凄く分かりにくいから」

も大人になったんだなー。あ、年食ったって言った方が良い?」

「達海さんは言葉を選ぶってことを覚えたら良いと思います」

そう言っては伸びをした。

「お先」と言って自分が上げた梯子を下ろして屋上を降りていった。

「いやぁ、ホント。大人になったよなー...」

心底驚いたように達海が呟く。

絶対、狼狽すると思ったのに...

「かわいくねぇ」

言葉とは裏腹に、達海は苦笑いを浮かべていた。









桜風
11.1.8


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