アイコトバ 64





リーグ、そして、天宮杯。

両方でトップの座を手にしたETU。

昨シーズンはそんな感じで忙しい中に終わり、新しいシーズンが始まった。

シーズン最初の練習にはフロントも全員外に出てきている。そのはずだった。

しかし、その場にはひとり足りない。その代わり、新人らしき人物が一人。数としては合っている。

「また風邪でも引いてんのかな...」

本当はもっと早くに会って話をしたいとも思ったが、フロントも超絶忙しそうだったし、自分も色々と取材等が入って忙しかった。だから、シーズンが始まってからで良いと思っていたのだが...

達海が今シーズンの目標等について選手達に話をして、「んじゃ、おやっさん」とその場を会長に譲る。

譲られた会長は少々難しい顔をした。


「...は?!」

選手達それぞれが声を上げる。

会長が皆に告げたのはの退職だった。

説得したし、残るようにと粘り強く話をした。それでも、彼女の気持ちは変わらなかったと言う。

「まさか、を売ったってことはないスよね」

黒田が言うと「それはない!」と後藤が声を上げる。

以前、そんな話が出たこともあった。だが、昨シーズンの成績から言ってそんな必要はない。元々そうすることは選択肢になかったし。

「クロ」と村越が窘める。

「俺達選手は『移籍』や『引退』と言う形でクラブを去っていくことがあるのに、フロントが退職することはダメなのか?」

村越の言うことも尤もだ。

でも、だったら挨拶くらいあっても良いだろう...

皆が皆そう思っていた。とりわけ、それを強く思っていたのは言うまでもなく、赤崎だった。



「まったく、困ったもんだね...」

ピッチの上でジーノが呟いた。

シーズン前の大事な時期の合宿。そこで赤崎の動きが物凄く悪い。悪いと言うか、使い物にならない。

あのサテライトから上がってきた年の絶不調のときの椿並の使えなさだ。

村越もその様子が気になってはいるが、このことについては間違いなくプライベートなことなので口出しし辛いところだった。


「村越って、から辞めるって話聞いてたの?」

特に動揺した様子を見せなかった村越に達海が聞いてみた。

「まあ...いちばん付き合いの長い選手だから、って。監督は?」

「俺は最後まではぐらかされてお終い。俺んが昔から知ってたのに」

「付き合いの長さで言ったらブランクがあるでしょう」と指摘されて「まあ、そうだけど」と認めた。

「何処に行くとは聞いてませんけど、たぶん海外ですね。『自分探しの旅をするために高飛びする』って言ってましたから」

「連絡は?」

「今の携帯番号は使えなくなるって言ってただけです。使える番号は聞いてません。
...あいつ、どうするんですか?」

「あいつって赤崎?女に振られたくらいであそこまで使えなくなるのは、ちょっと驚きだよなー...
ま、使えないやつは使わないだけだよ。村越も余計なことを言ったりしたりしないよーに」

達海に釘を刺された村越は溜息を吐いて「ウス」と返事をした。


「ねえ、ザッキー」

ジーノに声をかけられて赤崎は振り返る。

「このままだとレギュラーなんて夢のまた夢だよ。それで良いの?」

覇気のない赤崎の表情はこれまた何となく湿気が多い感じがして出来れば見たくないけど...

「ザッキーとの間に何があったのかとか特にそういうのはどうでも良いんだけど。けど、が本当にこのチームから離れられると思う?今や地球の裏側の情報収集なんて小さな箱のボタンひとつで簡単楽々。
ボクは、そのポジションに立っている人がザッキーじゃなくても全然構わないよ。ボクの忠犬は君だけじゃないし。
でも、君がレギュラーを外されたと分かったら、はどう思うかな?少なくともがっかりだよね。が戻ってきたとき、君が解雇されていたらそれこそ、本当に残念に思うくらいはしてくれると思うけど。ま、それでザッキーが満足ならそれで良いんだけどね」

そう言いたいだけ言ってジーノが去っていく。


翌日の赤崎は生き返っていた。

あの生意気盛りも健在で、黒田とぶつかっては言い争いをしている。

「何したの?」

達海が村越に聞くと「俺は何もしてません。ジーノが何か言ったらしいですよ」という言葉が返ってきて目を丸くする。

「ホント、ジーノってのことお気に入りだよな...」

「たぶん、アイツは自分に挨拶がなかったことに結構腹を立ててるでしょうね」

「かもなぁ...」

苦笑して達海は頷いた。



その年、ETUがリーグも天宮杯もV2を成し遂げ、赤崎は正式に日本代表に選ばれた。




が居なくなって2年目。

ワールドカップ終了後に赤崎に海外のクラブから移籍についてオファーがあった。

昨シーズンが終了したときも国内のクラブからのオファーはあったが、国内ならETUから出るつもりがなかった赤崎は話すら聞かなかった。

そして、今回のことは元々うっすらと水面下のそういう動きを何となく察していた赤崎は達海に呼ばれて話を聞いたときも特に驚かなかった。

同席した後藤が「これはチャンスだぞ」と勧めてくれた。

オファーがあったのはドイツとスペインそれぞれのトップチームで伝統もある強豪と呼ばれるクラブだ。

「とりあえず、話を聞いてみます」

赤崎の言葉に後藤は頷く。

「こういうときのだったのになぁ...」

ぼやく達海に苦笑して「居ない人を頼っても仕方ないっスよ」と赤崎が言う。

「フランスだったら、有里が頑張ってフランス語を習得したっていうから通訳につけても良かったんだけどな」

「向こうが連れてきてるでしょう」と言って赤崎は後藤にスケジュール調整を頼んでその部屋を出る。


話を聞いた結果、赤崎が選んだのはスペインだった。

何となく条件はドイツの方がよかったような気もしたが、それでもスペインが気になって仕方なかった。

だから、自分の直感を信じることにした。

出立前、ジーノが愉快そうに目を細めて「案外、スペインで運命の出会いがあるかもね」と声をかけてきた。

「運命の出会い、スか?」

胡散臭いなぁと思いながらその言葉を繰り返すとウィンクされた。

男にウィンクされてもなぁ...

「じゃ、あざーした」

そう挨拶をして赤崎はスペインへと向かっていった。









桜風
11.1.8


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