Bon appetit 1






 練習が終わってクラブハウスに入り、事務室の前を通りかかると「失礼しました」と有里よりも年上っぽい女の人が出てきた。

「明日からよろしくお願いします」

と有里のよく通る声も事務室の中から聞こえてきた。

「バイトさんっスかね」

少し先を歩いていた世良が振り返って問う。

「あ?ああ、そうかもな」

スタッフを増やすほどの余力はないだろう、このクラブチームには。

元々そんなに大きなチームではない。お世辞でも「ビッグチーム」ということをためらうほどの地域密着型のチーム。

でも、すごくいいチームだとは思っている。


事務室から出てきた彼女はすれ違う選手たちに会釈をしてクラブハウスの玄関に向かっていった。

シャワーを浴びて、着替えを済ませ、体をほぐして車に乗り込む。

(メシ、どうすっかなー...)

堺は車のシートに体重をかけて、今晩の献立を考える。

大抵はひと月分まとめて考えているのだが、ここ最近ちょっとさぼっていたのだ。

フットボーラーである自分の体は当然資本である。

そして、ベテランの域に入っているこの体は中々に繊細で、かなりケアが必要なのだ。

普段の食事だってもちろん、栄養のバランス、カロリーなどもろもろ考えている。

とりあえず、車を走らせて自分の家の近くのスーパーに向かった。

プロ御用達というのがそのスーパーのキャッチコピーで、確かに食材は豊富だし、そういうのを気にする客層が意外と多いのか、いつもそこそこ人が入っている。

ここが潰れると困るので、健康オタクの人はぜひともこのスーパーを利用し続けてほしいと思いつつ、本日の夕食の材料を購入してマンションに帰った。

一人暮らしにしては大きいといわれるこのマンション。

だが、一応、スポーツ選手で長い間生業にしているため、それなりのところに住む必要もあるのだ。

この部屋は、今でこそ一人暮らしだが、一人暮らしではない時期がこれまでに何度かあったが、大抵は、相手が堺の神経質な性格に嫌気がさすか、堺のほうが、相手のズボラさに嫌気がさして終わりを迎えていた。

ちなみに、ズボラといっても、さしてズボラではなく、堺が神経質すぎるという説もあるが、そんなことはどうでもいいと彼は思っている。

そして、一人暮らしではなかった時も、結局自分が台所に立っていたことを思い出してちょっとさみしい気持ちにもなった。

何せ、彼女たちは自分の食べたいものを作っていた。

料理の基本としてはそれでいいだろう。

そして、彼氏としては、料理を作ってもらうということに関しては嬉しいという気持ちがある..はずなのだ。

堺も感謝の気持ちは最初こそあるものの、結局、体のことを考えて自分が作るか口を出して、それで喧嘩をするということが頻繁にあった。

チームメイトも、堺のそういうところは尊敬できると同時に、もうちょっと気楽にいけばいいのにという気持ちもある。

少なくとも、同じ年のチームメイト、丹波がそういうのを全く気にしないところもあって、余計に堺の神経質なところが際立つのだ。


きちんと食事をとって、身支度を整えて、大抵同じ時間に就寝する。

どこの修行僧だとツッコミを受けたことがあるが、これも体のためだ。



翌日、クラブハウスで、昨日の彼女を見かけた。

その場所が、食堂。

「バイト先って、ここか」

トレーを受け取り、椅子に座って呟く。

「ああ、ちゃん?」

ちゃん?知り合いか?」

「さっき名前聞いた」

「...あそ」

(相変わらず...)

チームメイトの行動力に呆れつつも堺は彼を見た。

「ん?情報知りたい?」

「...別に」

「フルネームは、ちゃん。年齢はさすがに初対面では聞いてないからわかんねー」

「タンさん、聞いて笑顔で流されただけじゃないすか」

丹波の言葉に堀田が突っ込んだ。

「バカ。お前が言わなきゃ誰もわかんなかったって」

「や、オレの後ろにはコシさんとかも順番待ちしてたから...」

「益々バッカ!止めろよ」

堀田の言葉に丹波が慌ててそういうが

「止めるも何も。普通は、今タンさんが言ったように、初対面で年齢とか聞かないんですから、くぎを刺すとかも逆にタンさんに失礼じゃないですか」

「まー、そーだな」

堀田の言葉に丹波が頷く。

「石神も笑ってんじゃなくて」

「やー、面白かったっすよー。だって、あのあと、コシさん、こっそり謝ってたし。やっぱり既婚者ともなれば、気遣いが違いますよねー」

「うーあー...オレ、どのタイミングで謝ろう」

「誰にだよ」

「コシさん」

「あの子には謝らねぇのか?」

堺が言うと「あの子?」と丹波が問い返す。

「失礼な質問をして、お前謝らなかったんだろ?」

「おー、わっすれてたー」

「だろうな。だから、コシさんが謝ったんだろうけど。ごっそさん」

目の前でにぎやかに騒いていたチームメートをよそに黙々と食事をしていた堺は早々に食事を済ませて席を立つ。

トレーを返す際、件の彼女、と目が合った。

「うちのチームメートが悪かったな」

声をかけた堺に彼女は苦笑した。

「私にとってもチームメートのはずですよ?」

彼女の言葉に堺は少し驚き、

「悪い。バイトかと思ってた」

と返す。

「バイトさんは、チームではないんですか?」

そう返されて、どういっていいかわからない。腰掛の人がチームメート。なんかちょっと...

「でも、私は正規採用です」

彼女は堺の中の葛藤を見透かしたように、いいタイミングでそういった。

「あー、そうなんだ」

「今月の頭にここを辞められた方の紹介で来たんですよ」

そういえば見なくなった人がいる。ぎっくり腰だとか、その勢いで骨折までしたとかそんな噂は聞いたような気がしないでもない。

ただし、噂の元はあの丹波なので疑わしいと思っていたのだ。

「ああ、そう。じゃあ、明日もよろしく」

「はい、これからもよろしくお願いします」

ぺこりと頭を下げてた彼女に背を向けて午後の練習に向けての調整のため、食堂を後にした。








桜風
13.7.27


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