Bon appetit 2






 練習を終えて事務室に向かう。

トレーナーに用事があるのだ。

先ほど思いつくところを探したのだが、見つからず、最後にここによってみた。

ドアを開けると有里だけがいた。

「なあ」と声をかけると彼女はパソコン画面から顔を上げて「はい」と立ち上がる。

「野口さん知らねぇか?」

「今日は、たぶんもう帰られたと思います。用事があるって慌ててたから。トレーニングの約束があったんですか?」

「いや、約束まではない。約束してたら、さすがに野口さんもその用事のほうを蹴ってるって」

堺の言葉に「そうですね」と有里は納得した。

「まあ、いいよ。明日話すし。悪かったな、邪魔して」

堺がそう言ってドアを閉めようとすると「あ、そうだ」と有里が声を出す。

此処でのタイミングなら、きっと自分に対して何か言うのだろうと思って再びドアを開けてみた。

「ねえ、堺さん。さん、どうですか?」

「質問が漠然としすぎだろ」

「物凄く、こういういい方したらさんに悪いのはわかってるんだけど。拾い物だと思うんですよね」

「拾いもん?」

「はい。彼女、管理栄養士の資格も持ってて、しかも、ジャンルこそ違えど、別のスポーツのクラブチームの食堂で働いていたらしいんですよ」

目を輝かせて彼女が言う。

「なら、逆にどうだろうな」

堺がそう返して彼女は首をかしげる。

「どういう意味ですか?」

「なんで前のクラブから出てきたのかってこと」

「...ご家族の都合とか?」

「そういうの、面接で聞いてねぇの?」

大事だろ、と言外に匂わせる。

「うう..はい。前の人の紹介だし、管理栄養士の資格も持ってるって聞いたので」

小さくなっていう有里にそっとため息をつき、

「ま、悪い子じゃなさそうだったけどな」

と思わずフォローを入れてしまった。

「話したんですか?」

「ああ、まあ。丹波が初対面で年齢を聞いたらしいから、一応、チームメートとして謝ったんだよ」

堺の言葉に「タンさん...」と有里はガクリと肩を落としていた。

「んじゃあな」

「はい。また」

そんな会話をして堺はその日は大人しく帰宅した。



人懐っこい性格の年少組の彼らとはあっという間に仲良くなった。

仲良くなった、という表現は正しいのかどうかわからないが、少なくとも、懐いているチームメートもいて、何とも複雑なことではある。

お互い仕事の邪魔をしているわけではないが、なんというか、たるんでいるという感じがするのだ。

それなのに、彼らと一緒にいる彼女を見ていると、姉と弟とか、近所の子供とお姉さんとかそんな感じなのだ。

「なんか、和むなー」

似たようなことを感じているらしいチームメイトは苦笑してそういった。

和む。

そう、なんとなく和んでいるのだ。

チームの雰囲気がギスギスしていないのはいいことではあるが、プロとしての緊張感が見られない。

うんうん、それが違和感というか、複雑なところなのだ。

堺は勝手に一人で納得していた。




ある日、練習のためにクラブハウスにやってきたところで、丁度に会った。

「どうも」と彼女が会釈をする。

「おう」と堺が応じた。

すれ違い、堺は足を止めて振り返った。

「なあ」

「はい?」

彼女も振り返った。

さんって、管理栄養士の資格持ってるって..ほんと?」

堺の問いに彼女は苦笑する。

「採用面接で資格虚偽はできないですよ、普通」

「...だよな」

「どうかしましたか?体調が悪いとか?」

「あー、いや。あのさ、ちょっと頼まれてくれるか?」

彼女は首をかしげた。

「俺、食事の管理って基本的に自分でやってんだけど。ちょっと見てもらいたいっていうか...」

なんだか、彼女の業務から外れている。というか、確実に自分の個人的な依頼だ。

「献立って決めてあるんですか?」

「一応」

「一覧みたいにしているものは?」

「家に帰りゃあるけど...え、いいのか?」

正直驚いた。

「ええ、まあ。一覧を見せていただいて、トータルで見たほうがいいと思いますし。一応、チームメートの頼みですから?」

いたずらっぽく笑って彼女が言う。

「や、悪かったって」

堺がその笑顔の意味を察して返すと彼女は愉快そうに笑う。

「じゃあ、明日以降の話になりますね」

「そうだな」と堺も頷いた。









桜風
13.8.3


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