| 翌日、堺はその月の自作の献立表を持ってクラブハウスにやってきた。 業務外のことを頼むということもあって、後ろめたさもあり、いつかちゃんとお礼をすると思いながら、ジャージに着替えて彼女の職場である食堂に向かった。 厨房では、すでに下ごしらえの準備などが始まっており、忙しそうに職員が動いている。 この作業の手を止めてもらって、自分の用事の依頼をするのは忍びないと思って踵を返した。 「あ」という声が聞こえて振り返ると彼女がかけてきていた。 「忙しいのに悪いな」 そういって献立表を彼女に渡す。 「いいえ」 受け取った彼女は 「これ、折っても大丈夫ですか?あと、汚れたりしても」 「コピーだし、いいぜ」 「わかりました。じゃ、練習頑張ってください」 そういって彼女は厨房に戻った。 練習が終わって食堂を覗くと彼女が一人残っていた。 声をかけてもいいのかと少し悩んだが、「よお」と声をかけた。 彼女は顔を上げて「どうも」という。 なんだか、少し余所余所しいというか... 首をかしげて彼女の斜め前に座った。 「どう、だ?」 「へ?あ、ああ。もしかして、さっきの...」 「...今の今まで俺は誰だったんだ」 「えーと。ETUの選手」 「個別に判断されてなかったってことかよ」 ため息交じりに、責めるように言うと彼女は小さくなった。 「いや、苦手なんですよ。ほら、ハリウッドスターってみんな同じ見えません?」 「見えねーよ。あと、ちょっと凄いところを引き合いに出したからってチャラになんねぇぞ」 半眼になって堺が返すと彼女は「すみません」と恐縮する。 「ったく...」 「背番号がついているユニフォームとか、いつも同じ服を着ているとかしてくだされば即行覚えます」 「さんが何で人間を認識してるかよーくわかる一言だよな」 「あはははー」 そんな会話をしながらも彼女は手を動かしていた。 その点については、堺も感心していたところだが、何よりも気になるのが、赤ペンでたくさん書き込みがある。 「あのさ、それ」 「はい、終わりました」 そういって彼女が書き込みだらけの堺特製献立表を返してきた。 「同じ材料を使ってたら飽きるかもしれないので、ほとんど同じ栄養価の物に替えておきました」 「は?」 「わ、こんな時間!」 彼女は食堂内の時計を見て慌てて立ち上がり、 「お先に失礼します!」 と言って駆けていく。 「お、おい!」 残された堺は彼女に渡されたそれを見た。 「...何の呪文だ?」 聞いたことのない食材が書かれている。 少なくとも、今晩の材料は初めて目にするものだ。 前、『長ネギ』と書いていたところに別のカタカナの初めて見る単語が書いてあるのだ。 堺はガシガシと頭を掻いて、とりあえずクラブハウスを後にした。 (あー、礼を言い忘れたな...) よくわからない食材を書かれたのは正直困ったが、それでも彼女は自分のために業務の後、時間を割いて栄養の計算をしながら献立表をチェックしてくれたのだ。 この初めて目にする食材のことは、いつものスーパーに行けばありそうな気もしてきた。 何せ、プロ御用達なのだから。 (さすがはプロ御用達...) 正直、半信半疑だったそのキャッチコピーに感心しつつも、何とか食材は手に入れることができた。 帰宅して、ふと気づく。 (そのまま代わりにしていいのか?) 材料が変わったなら、作り方も変わっているのではないかと思った。 彼女はそういった点ではプロで、食材に合わせて調理できるだろう。 だが、こちらはアマプロだ。 何年も台所に立っているからなんとなくの勘は働くが、それが正解かどうかも分からない。 何より、栄養価の計算をしてのこれなら、調理法が違えばやっぱりその計算結果は変わるのではないだろうか。 しかし、今の堺にはそれを確認するすべがない。 連絡先を交換していれば問題なかったのだが、交換していないので問題なのだ。 (っくそ...変にからかってる時間があったら聞いておけば良かった) 今、後悔しても彼女からの連絡があるはずがなく、堺は仕方なく諦め、とりあえず、その食材を当初の方法で調理することにした。 |
桜風
13.8.10
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