また、いつか 6





村越との食事を終えてタクシーで帰宅しているとき、ふと思い出した。

そういえば、いつの間にかお酒を酌み交わせる歳になったんだ...

いつまでも高校時代、子供のときの感覚で居たが、お互い経験と歳を重ねたのだ。

大人になったもんだ。


家に帰ってドアを開ける。

「ただいま」の声に返ってくる声はない。

先ほどまでが楽しい時間だった分、いつも何でもなかったことが余計に堪える。

携帯が鳴った。

ディスプレイに表示されている文字を見て溜息を吐く。

無視をしても繰り返しかかってくるのが分かっているから通話ボタンを押した。

楽しかった気持ちが萎んで消えてしまう。

一方的に告げられる言葉に反駁することが出来ず、はただ頷くだけで、出来たのは先延ばしにすることだけだった。

しかし、それもいつか限界が来るだろう。

通話を切って携帯をベッドに放り投げて自分もボフンとそれに倒れこむ。

「あーあ...」

一人でいると自分の声が無駄に大きく聞こえるものだ。




「コシさん、最近なんか良いことがあったっんスか?」

ロッカールームに向かっていると声を掛けられた。

「どうした、急に」

「いや、何か。最近ちょっと楽しそうって言うか...」

もごもごと最後は尻すぼみに声が小さくなる。

「そうか?」

自覚は無い、という風に返すと「気のせいだったかもしれないス」と彼は言って引き下がった。

しかし、村越は自覚はあった。

浮かれている場合ではない。当然だ。

ETUというチームが置かれている状況は決して『良い』とはいえない。

だが、それとは別にプライベートではそれなりにいいことはあったと言えるだろう。


シーズン後半に入ってからも時間が合えばと食事に行っていた。

彼女自身忙しかったりするので時間は短いが、それで充分だ。

特に何かアドバイスがあるわけでもなく、こちらも何かを聞いてもらいたいと言うわけではないのだが、それでも彼女と何でもない、日常の話をするだけでメンタルがずっと楽になる。

高校時代もそうだった。

強豪と呼ばれる学校に通っていたが、その中でスタメンだった自分に上級生からの面倒くさい圧力や、手のかかる後輩の面倒など、煩わしい日常もあった。

煩わしさ、つまりストレスが溜まるとふと彼女が「どうしたー」と声を掛けてくれていた。

つまらない、些細なことであると自覚しているが、それを吐き出すと楽になる。

彼女も、やはり強豪と呼ばれるチームのマネージャーというストレスの溜まるらしいものをやっていたので、偶に声をかけてはお互い何でもない話をした。

そして彼女と話をしていたら不意に色々と思い悩むことが馬鹿らしくなったものだ。

しかし、最近はの表情がどうにも沈んで見える。

ブランクがあるとは言え、の彼氏が気付かなかった彼女の体調や様子の変化に気付いていた自分だ。

多少の違和感は感じている。

ただ、彼女ももう大人だし、あまり詮索するのは良くないだろうと思ってあまり深く聞いていないだけなのだ。

しかし、一度聞いてみるのもいいだろう。

おそらく、きっかけさえあれば話すだろうし、話さなかったならそれが彼女の選択だ。




練習が終わってロッカールームに戻ると携帯にメールの受信があったことに気付く。

珍しい、と思ったのはからで、次のご飯のお誘いだ。

大抵自分から声をかけている。

彼女が言うには「プロスポーツ選手って色々と摂生するんでしょう?村越のペースなんてあたし分かんないからそっちで自分のペースで調節して」とのこと。

彼女からそう言ってきたのに、声をかけてくるとは余程のことだろうと思った。

試合や諸々の予定を考えて彼女に電話してみたが、仕事中なのか、留守電だったのでそのままメッセージを残しておいた。









桜風
11.7.24


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