また、いつか 7





「付き合ってみようか」

いつか言われた言葉だ。

此処最近、ふと思う。

あの言葉に頷いていたらどうなっていただろう、と。

今更な話だ。当時の自分はとの関係はあれがいちばんだと思っていたし、今でもそうだったと思う。

では、今は...?



「お連れ様がお見えです」

行きつけの店の個室で待っていると店員がを案内してきた。

「や」と軽くてを上げたの表情はこれまた此処最近のものに一層輪をかけて暗かった。

「何かあったのか?」

もうちょっと話をしてから聞こうと思ったのに、そんな悠長なことは言ってられない。

村越の言葉には目を丸くして「参ったなぁ...」と呟いた。

彼の正面に座ってメニューを開く。

「おい」と村越が言うが「ドリンクぐらい注文させてよ」と彼女が言う。

確かに、一理ある。

彼女は店員を呼んで「生と、野菜串の盛り合わせ」と注文して村越を見る。

「俺は今は良い」と返す村越に頷き、「とりあえず、お願いします」と彼女はメニュー表を閉じた。

暫く重苦しい沈黙。

店員が持ってきた生ビールと串の盛り合わせを前に「とりあえず、乾杯しない?」とが言う。

そんな気分ではないが、村越もそれに応じた。

はゴクゴクと良い音を鳴らしてビールを飲み、「ぷっはー!生き返る!!」と多少オヤジ臭いことを言う。

その行為全てがわざとらしく見えて村越は眉間に皺が寄る。

ムリに元気を出そうとしている。空元気だ。

「で、何かあったのか」

回りくどいことをする気は無く、直球で聞いた。

彼女は苦笑してビールのジョッキを両手で包み込む。

「実家から帰還命令が出てね」

「は?」

も自分と同じ年だ。いい加減、良い大人である。

「親御さんの体の調子が悪い、とか?」

それなら子供に帰ってきてくれと言うだろう。

しかし、ふと思い出した。

「お前、兄貴が居るとか言ってなかったか?稼業を継ぐとか...」

家が商売をしていたはずだ。そして、その後継は兄だと昔言っていたと思う。

「良く覚えてるね」とは目を丸くした。

自分でも驚いてるよ、と村越は心の中で応じる。

「うん、兄が居るからね。そういうのでも帰還命令は出ない..ハズ。そうじゃないの」

はそう言って睫を伏せた。

「お見合い、しろってさ」

「お見合い?」

胸がざわつく。村越はそれを落ち着けるようにウーロン茶を一口飲んだ。

「うん、お見合い。ほら、あたし1個バツが付いてるでしょう?親としても出戻りが恥ずかしいみたいで」

苦笑しながら彼女は言うが、その表情は作り物だ。

「今時珍しくも無いだろう。同級生に何人も居るぞ」

村越が言うとが頷く。

「そう..なんだけどね。ウチってどうしたわけか、このご時勢で未だに明治とか昭和初期とかの考え方が連綿と続いているのよ。封建的って言うか。

前の結婚だって大反対されてそれを押し切ったんだけど、結果、すごすごと戻ってきたじゃない?

ほら見たことか、って状態。もう我がまま言えない..と言うか...」

日本に戻ってきてからそっとしておいてもらえない。

ほぼ毎日電話がかかってきて恥ずかしいだ、親の言うことを聞かないからだ、とかそんなことをずっと言われてきた。

それでも、自由があったから多少我慢できたのだ。

しかし、数ヶ月前から見合いの話が上がった。

何だかんだで先延ばしにしてきたが、もうムリだと根を上げてしまったのだ。

意外と根性が無かった自分が情けない。

「なので、実家に帰らなくてはならないのです」

「けど、その見合いがうまく行かなかったらどうするんだ?」

村越の言葉には表情を歪めた。

「こっちに選択肢は無いから」

「はあ?!」

思わず声を上げてしまった村越は「わるい」と謝罪する。

「どういうことだ?」

「傷物の娘をもらってくれる奇特な人を見つけたって言われて...『お下がり』でいいって」

村越の眉間に益々深い皺が寄った。

「お前、それでいいのか?」

唸るように言う村越の声に込められたその感情。

それを感じることが出来て、それだけでは充分だった。

ジョッキのビールを飲み干し、ガタリと立ち上がる。

「じゃ、村越。また、いつか」

精一杯笑顔を作ったは鞄を肩に掛けて部屋のドアに手をかけた。









桜風
11.7.31


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