また、いつか 8





村越は咄嗟に手を伸ばしての腕を掴んだ。

「はなして」

俯いたが震える声でそう言う。

「嫌だ」

暫く沈黙が降りる。

「もう時間が無いの」

、覚えているか。高校のとき、お前が『付き合ってみようか』って言ったこと」

はゆっくりと振り返って頷く。

あの言葉は半ば本気だった。

だが、村越が躊躇った。彼の思っていることは分かったし、自分も半分はそう思っていたので納得できた。

「俺は、あの時頷けなかった。ずっとこの関係が居心地いいものだと思っていたから。丁度良い距離だったし、友人のままだったら別れることなんてない。
今でも、あのときの選択は間違っていたとは思わない。
俺はこの世界に入って色々とあって、もし、あのときにと付き合ってても結局別れていたと思う。自分のことで手一杯だった時期があったからな。
けど、今俺がこの手を離したらお前の言う『いつか』なんてものは無くなるだろう?」

おそらく、そうだろう。

しかし、此処で頷くわけにはいかない。

は沈黙を守った。

「...俺と付き合わないか、

「え...」と声が漏れる。

「あ、いや。違うな」と村越が呟き、そりゃそうだと思った。

まだまだ現役で頑張れる村越だ。色々と面倒ごとに巻き込まれるなんて自分から進んでするものじゃない。

それでも、今の一言で救われた気がした。

思い残すことなく、親の作ったかごの中に閉じ込められる。

「付き合うとか、何かそういう手順はもういいな。結婚しよう」

「あ、あの...村越。酔ってる?」

「ウーロン茶でか?」

確かに、村越が飲んでいるのはウーロン茶のようだ。少なくともアルコールは入っていない。

「けど...」

「あのな、俺以上にのことを分かってるやつなんて居ないだろう?居るはずが無い。
それに、俺はお前にいくらバツが付いてても構わない。そんなの役所が管理する紙切れの記号だ。そんな記号が10個ついていようと、20個ついていようと俺は同じことを言う」

きっぱりという村越の言葉に覚悟が見えた。

「けど、村越の親御さんは...」

「30超えた大人のすることに一々口を出さないさ。そもそも俺が聞くつもりがない。
まあ、俺は間違いなくそっちの親と不仲になるだろうから、そこはお前に悪いと多少は思うが...」

「本気なの?」

「俺はそんなに冗談が上手かったか?」

村越の問いに「笑えるくらいに下手」とが真顔で返す。

その言葉に村越の顔が歪むが、気を取り直したように「どうだ?」とを見た。

「とりあえず、シーズンが終わるまでお前の家に挨拶に行くのは難しいが、それは悪いが説得してくれ。あと、

「はい!」

「俺の経歴も一応目を通しておけ。ウチの親と話をするとき『良く分かりません』ってさすがにマズイだろうからな」

がごくりと喉を鳴らす。

このまま村越の言葉に甘えていいのだろうか...

の躊躇いを見透かしたように村越は彼女を引き寄せた。

「頷け」といつもよりも低い声で言われた。ゾクリと背中に何かが走る。

見上げた村越はこれまで見てきた彼とは別人だった。

男の顔をしている。

「む..村越はあたしとキスしたいって思う?」

その言葉に村越は挑発するように眉を上げてそのまま唇を重ねた。

「で?俺は同情でこんなことは言わない。お前が欲しい」

そう言ってを抱きしめる。

「戦え。俺が居る」

はコクコクと村越の胸の中で頷き、縋るように彼の背を掴んだ。



それからの親との攻防は、それはそれは大変だった。

だが、心が折れそうになるたびに何故かそのタイミングで村越から電話があった。

「盗聴器でも仕掛けてるんじゃないの?」

冗談で言うと『そんなもん無くても分かるんだよ』と村越が言う。

「ね、今度いつご飯に行く?」

の言葉に『ちょっと待て』と言って村越がスケジュールの確認をする。

『というか、いっそウチに住まないか?』

村越の言葉には「え?」と声を漏らす。

『引越しは、可能ならウチの若いのとかに手伝ってもらえると思うし』

「うん!」と思わず元気のよい返事をしてしまった。

電話の向こうの村越が苦笑している。

『ま、どの道その話をするのに会った方がいいな』

そう言って村越がスケジュール調整をすることで話を終わらせた。


高校の卒業式の日、「また、いつか」と村越に言った。

いつか会えたら嬉しいと思ってそう言った。

日本に帰ってきて本当に彼を見かけたときは思わず名前を呼んでいた。周囲に彼の知り合いが居ることも気づかなかった。

拙かったかと思った。まずは覚えていないのではないか、と。

だが、彼は覚えていた。

嬉しくて、懐かしくて話し込んだが、職場から呼び出しを食らった。

連絡先を聞かれたが、偶然に縋るのはどうだろうと思って、そのときは教えなかった。

もう1回。もう一度会えたらそれは奇跡だと思う。だから、その奇跡が起こったら素直になってみようと思った。

奇跡は、本当に奇跡だった。

今は「いつか」なんていう曖昧な言葉でなく、ちゃんと約束することが出来る。

携帯を握り締めたは「えへへ」と笑みを零した。









桜風
11.8.7


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