曖昧な約束 3





 「サッカー選手って暇なの?」

店を出て冷たい声音でが言う。

「暇じゃないよー」

が取り出したパンを受け取ってそのまま口に運びながら達海は言葉を返す。

「なあ、せっかくだし飯食ってかない?」

達海が言う。

彼に視線を向けると、パンはあっという間に食べ終わっていた。

「えー?あんまお金使いたくないんだけど」

が言うと

「んじゃ、奢る」

「乗った!」

「美味いとこがいい」

奢りという言葉に思わず反応してしまったを笑いながら達海が言う。

「美味いとこ、って...味覚って人に拠るんだけど」

困ったな、と思いながらが返すと

「あー、が美味いかもって思う店で。さっきのパン、悪くなかったし、味覚は近いところあると思うんだよね」

「電車で移動でもいい?」

移動すれば候補はある。

「いいよ」

「...ホントに暇なの?」

あっさり了承した達海にそういうと「失礼だなー」と笑われた。


職場の近く、ランチによく行く店に向かった。

「そういや、はなにやってんの?」

たまたま見かけたから声を掛けただけで、彼女の情報は一切なかった。

「記者さん」

「芸能?」

「ううん」

首を振った

「じゃあ、経済..は、無いか」

と達海が言う。

「何で、経済はないのよ」

半眼になって返すに「じゃあ経済?」と達海が問うと「経済じゃないけど」とが返す。

「なんだよ、やっぱり経済じゃないじゃん。じゃあ、何?」

「地域、っていうのかな?記者って言ってもそんな大きな会社でもないしね。地域密着型の小さな新聞..っていうか。そういう発行物の記者の仕事」

「一番割合ある部署じゃん」

日本でも地域に密着したような情報誌は多々あり、そういう者については、基本的にお堅い経済欄などはない。

「でも、地域の記事って言ってもピンキリでしょ」

役所方面だとか、町内会方面だとかそう言うのはありそうだ。

「まあ、ねー。ほら、着いた」

小ぢんまりした店構えだった。

何処か下町の、自分の暮らしていた町を思い出す。

「良く来んの?」

「ランチなら」

そう言いながらが店に入っていき、達海もそれに続く。

何やら店主に冷やかしのようなものを受けながらも、彼女は軽く流して席に着く。

「何、俺彼氏?」

「に、見えたらしいね。何食べようか」

そう言いながらがメニューの説明をしてくれた。

「達海って、英語は?」

「何となく意思疎通はできてるけどね。勉強中」

そう言いながら達海は食べたいものを決めた。

が注文し、暫く料理ができるのを待つ。

「達海って、こっちに来る前怪我してなかった?」

意を決してがさらっと聞いてみた。

さらっとでなければ聞けない。

達海も彼女のそれに気づいて笑う。

「まー、ね」

「治ったの?」

「さあ、どうだろう。けど、チャンスは掴んでかなきゃね」

そう言った達海の眼光は鋭い。

「あんたって、サッカーの話になったらそういう眼をするよね」

呆れながらが言うと

「そういう眼?」

と達海が首を傾げた。

「獰猛なハンター、って感じ?」

「まー、そうかもね」

ニヒーと笑うその顔で「ハンター」とは思えない。

店に来る前の約束どおり、達海の支払いでたらふく食べた。

元々購入したパンは朝食用に、と思っていたのでちょっと得をした。


「そういや、達海ってこっちに来たのは知ってるけど。近くなの?チームのホーム」

駅までの道のりでが問うと達海は苦笑した。

「いーや。ちょっと遠い」

「何であの店に居たの?」

がこっちで仕事してるって聞いたからね。どこだろー、って思って電車に適当に乗って適当に降りたらの背中が見えたから付いてった」

こともなげに言う達海にはため息を吐く。

「迷子になったらどうすんのよ」

ため息の理由に達海は笑った。

「だよねー。まあ、帰り道はわかるし、心配いらないから」

「そう。あ、連絡先教えて」

「俺ケータイ持ってない」

さらっと言われた言葉にぐっと詰まった。

クラブハウスに連絡するにしても怪しすぎるだろう。

「んじゃ、まあ。はい」

そう言いながらが達海に紙片を渡した。

「何?」

「名刺」

「へー...名刺かー。大人みたいじゃん」

「もう大人でしょ。ま、こっちからの連絡難しそうだし、気が向いたらかけてよ。またご飯食べよう」

の誘いにニッと笑った達海は

「気が向いたらなー」

と返し、

「どうせ達海は気分でしか動かないでしょうが」

と彼女は盛大なため息を吐いた。









桜風
15.2.26


ブラウザバックでお戻りください