曖昧な約束 5





 イースト・トーキョー・ユナイテッド。通称ETU。

東京の浅草に本拠を構える日本のプロサッカーチームだ。

ここ数年チームの成績が低迷しており、今年新しい監督を迎えた。

過去、このチームでエースだった男だ。

彼に関しては複雑な事情があり、中々受け入れられなかった状況もあったが、今はそれなりに彼の存在を認めて応援する者が増えてきている。


事務所の電話が鳴り、広報担当の永田有里が応じた。

「え?」

ふいに零した彼女の言葉に事務所の中にいた職員が注目する。

「え、と。どういう...はぁ...一応、伝えてみます」

そう言って彼女は通話を終わらせた。

「どうしたんだい?」

部長が声をかけてきた。

「いえ、その..達海さんの同級生だったという女性から電話がかかってきて」

「え、スキャンダル。困るなぁ...」

そんなことをぼやく部長を無視して永田は、クラブハウス内で達海が私室として暮らしている部屋に向かった。

ドアをノックすると「んー?」と返事がある。

「達海さん、さっき女の人から電話がありましたよ。え、とさん?達海さんの高校時代の同級生だったって」

「あー、さっそくあったの。んで、何?」

「伝言が。『私、あと1週間程度しか日本にいないから』と。あと電話番号聞いてますけど」

「なんだ、こっちに返ってきたってわけじゃないのか。んー、わかった。メモある?」

そう言いながら達海は手を伸ばし、永田はその手に先ほどメモしたの電話番号を書いた紙片を置いた。

「あ、そうか。電話貸してね」

そう言いながら部屋を出ていく達海の背中を永田は追いかけた。


ー?」

『珍しい、早速とか』

電話に応じた彼女は名前を名乗らない友人を叱るのはもうあきらめているらしく、彼女もそのまま会話に乗っている。

「あと1週間てどういうことだよ」

『バカンスで帰って来ただけ。ちょっと時期ズレてるけど...』

の言葉に達海は納得した。

日本にその制度、習慣はないが、欧州にはバカンスというものがある。

彼女はそれで帰ってきたというのだ。

だから、あと1週間程度で戻るというのも納得がいく。

「んじゃ、いつにする?」

『どっちかと言えば、達海の都合でしょ。試合とかあるだろうし』

確かにそうだな、と納得して

「じゃあ、今回はパス」

と達海が言った。

ちょっとイラッとしたが、こういうやつだと納得して『わかった』とは応じる。

「今度こっちがオフの時に帰ってこいよ」

『あんたがイギリスに来てもいいんじゃないの?』

が応じる。

「めんどい」

『でしょうとも』

そう返したは電話を切ろうとした。

「ちょいたんま。食事は無理だけどさ、ちょっとウチの練習見に来ない?」

『暑いからやだ』

「この間は来たじゃん」

そう指摘されては肩を竦める。

大抵執着しない達海が執着した時は諦めるに限る。

『行ったね』

「だから、もっかい来てよ」

『いつ?指定したいんでしょ?』

ため息交じりに返すと達海は笑い

「さすが、。明日」

と達海は言った。



指定されたとおりがETUの練習場に向かうと、どうやら選手たちと達海がもめているようだった。

(何やってんの...)

呆れながら眺めていると子供たちがやってきた。

先日に梅干をされた子もいて、彼はに少し怯えた表情を見せる。

「こんにちは」

が声をかけると「こんにちは」と口々に返事がある。

練習場に視線を戻すとどうも試合を始めるようだ。

ピッチには、達海の姿が残っている。

一瞬浮かんだ状況、それを慌てて打ち消した。

だが、ホイッスルが鳴っても達海はピッチにいて走り、ボールを蹴ってパスを出した。

子供たちは達海のプレーを見れるとはしゃいでいる。

(あんの、バカ...)

は唸るように心の中で毒づいた。

達海の脚の状態については、彼から聞いたことがある。

簡単に治るものではなく、むしろ、治るものではないらしい。

それなのに、選手と試合をして、走って蹴って...

目の前のネットをキュッと握った。

最初は軽く走って蹴って、楽しげにしていた達海だったが、やがてふらつき、苦しそうにピッチの中を動いていた。

試合終了のホイッスルが鳴り、達海が倒れる。

選手たちが駆け寄って彼の話を聞いていた。

ふと、選手たちの隙間から見えた達海と視線が合う。

苦しそうにしながらも悪戯っぽく笑う達海をぶん殴りたくなったが、そこは我慢しては足早に去って行った。

その日の晩にかかってきた電話に「悪趣味」と通話ボタンを押してはそう言った。

『ははっ。まあ、俺の引退試合だからさ。にも見てもらおうと思ったんだよ』

「引退、してたとばかりに...」

『したつもりはないよ。けど、今日、現役引退した。たぶんさ、今付き合いのある人間の中で、一番俺のサッカーを見てたのって、かなって思ったから』

「別に見てないよ。結果を知ってるだけだよ」

が返すと『そっか』と電話の向こうで苦笑が漏れた。

『日本、いつ発つんだっけ?』

達海が問うと

「明後日」

が簡潔に答えた。

『そっか。今度は、帰って来る前になるべく連絡くれよ。急に帰ってくるんだからー』

「あんたが言うな!」

の言葉に達海は笑い、

『次、帰ってきたときに飯行こうな』

という。

「達海の奢りね」

『りょーかい。じゃあ、気をつけて』

「はいはい、またね」

『またな』

そう言って達海が通話を切った。

相手の電話が切れたことを確認しても電源ボタンを押す。

曖昧な約束を交わしたことには苦笑した。

いつも曖昧に約束をして、そして必ず果たされる。

「そういや、いっつもこんな感じだ」

昔から変わらないことがなんだか無性に可笑しくなって笑みがこぼれた。









桜風
15.3.12


ブラウザバックでお戻りください