空が青いから 2





オフの日に黒田と連れ立って買い物に行く途中、「杉江!」と名前を呼ばれて振り返る。

どうにも気に入られたらしい。一度話をしてサッカーの真似事をしただけなのに、彼は杉江のことを覚えていた。

「スギ、知り合いか?」

「昔世話になった人の甥っ子」

不思議そうに自分を見上げる黒田にそう返して杉江は公園の中から手を振っているユーイチに手を振り返した。

彼は嬉しそうにブンブンとさらに大きく手を振って、終いには駆けてきた。

スモッグを着ているので、きっと幼稚園の帰りなのだろう。

そう思って時計を見たが、まだ昼過ぎだ。

「ユーイチ、今日は幼稚園は?」

かがんでほぼ彼の視線にあわせて杉江が聞くと

「今、幼稚園だよ」

とユーイチが返す。

どういうことだろう?

「ユーイチ君!」

エプロンをした若い女の子が駆けてきた。胸にチューリップの名札をしている。

どうやら保育士のようだ。

杉江と黒田を不審そうに見て、

「ユーイチ君、おともだちから離れたらダメだって言ってるでしょう?!」

と少し鋭い口調で彼女がいう。

「だって、杉江がいたんだもん」

拗ねるようにユーイチが言い、「ほら、おいで」と半ば引き摺るように彼女がユーイチの腕を引く。

「これだから、母親の居ない」という彼女の独り言のような言葉が杉江の耳に届いて彼は眉間に皺を寄せた。

「お前、ガキに苗字呼び捨てされてるんだな」

苦笑して黒田が言う。

彼の耳には彼女の呟きは聞こえなかったようだ。聞こえていたとしても、事情がわからなければそこまで不快にならない言葉かもしれない。

彼の傍に母親がいないのは事実だが、それを補うように伯母がいる。

先日話した限りでは、は高校時代の『姐さん』のままで、「仕方ないよね」と苦笑して自分が望んで就職した企業をやめ、地元の多少時間の融通が利く会社に再就職した。

仮に、血の繋がった親子であってもそこまですれば『立派』だといわれるのではないだろうか。

親子ではなく、伯母と甥の関係であるはそこまでしている。

それを軽んじられた気がして、杉江は不愉快になった。

「スギ?」

不思議そうに黒田が見上げている。

「ああ、うん。そうなんだ」


買い物を済ませて帰りの電車に乗ると、見たことがある人物が乗っていた。

声をかけようかと迷っているうちに相手は電車を降りていったので、その機会は逸したが、あれはの妹だった。

このことをに話すべきかどうか悩み、先日の再会で連絡先の交換をしたこともあって、電話をしてみることにした。

話をすると『ほら、生きてた』と彼女は笑う。

「連絡はあるんですか?」

『んー、まあ。半年とか1年に1回くらいのペースで葉書が届いてたのよ。ま、あの子の義務よね。それくらいはすべきよ』

笑って彼女が言う。

先輩、探さないんですか?」

他人の家庭のことだが、思わず口に出していた。

受話器の向こうで彼女が声を上げて笑う。

『探したって、帰ってこないんだから。どうせ、困ったら泣きついて来るに決まってるし。いいのよ、別に。ただ...』

そう言って彼女は少しの間沈黙した。

『ユーイチがあれで寂しがってるからね。幼稚園で色々言われてるみたいで。あの子の言ってること、要領を得ないからあたしもちょっと汲んであげれなくてもどかしいんだけどね』

声を潜めて言う。

今の時間だと幼稚園に通っているくらいの年の子は眠っているだろう。

しかし、それでも起きているかもしれないし、寝ながら聞いている言葉が意識に残るかもしれない。

「ユーイチって、サッカー好きなんですか?」

『や、わかんない。あたしが面倒見られるって言ったらそれくらいだったから、サッカーボールを買って渡したのよ。高校のとき、みんなに真似事で教えてもらったでしょ?どうかした?』

「俺、今プロのリーグでプレイしてるんです」

『みたいね、聞いたことあるわ』

海外赴任していたが、当時の友人や後輩からの連絡は絶えず、杉江のことも彼らから聞いたと言う。

「今度、ユーイチ連れて見に来ませんか?」

『あ、それは面白そう。今度、ホームはいつ?あ、ネットで見たらいいのか。調べとく』

「あ、いや。チケット送りますよ」

『いいよ。そこらへんは貢献するよ。それに、チケットを送ってもらってもそれをフイにしたら申し訳ないしね』

ががそう返し、元々彼女に頭が上がらない杉江としてはこれ以上くらいつくことはできなかった。

「じゃあ、必ずユーイチ連れて見に来てくださいよ」

『オッケ。スギくんは相変わらずのDFでしょ?』

「ええ、CBですよ」

『あら、守りの要じゃない。凄い凄い。これは楽しみね』

そう言った彼女は笑い、『連絡、ありがとね』と言って通話を切った。









桜風
11.12.31


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