| フロントから着信があり、不思議に思いながら電話に出ると向こうは非常に困った声だった。 『小さな男の子が来て、杉江はどこ?って泣きながら言うんですよ。ただ、練習の見学に何度か来たことがある子だし、どうしたものかと思って...』 練習の見学に来ていて『杉江はどこ?』と聞く小さな男の子に心当たりがある杉江はすぐにクラブハウスに行くと言って寮を後にした。 「ユーイチ」 事務所に入ってべそべそ泣いている男の子の名前を呼んだ。 思ったとおり、の甥のユーイチだった。 「杉江ー!」 ユーイチは杉江にしがみつく。フロントが何とか泣き止まそうとして出しているお菓子やジュースにも手をつけた様子がない。 「どうした?」 「ちゃんを助けて!」 「先輩?」 何が起こったのだろうか。 確かに、ここにユーイチが一人と言うことに違和感がある。 フロントには、ユーイチと自分の間柄の話をして、彼を引き取った。 「先輩は?」 「おうち」 「じゃあ、行こう」 そう言って、杉江とユーイチはタクシーでの家に向かった。 クラブハウスまで車で来ていたがチャイルドシートを装備していないため、この車では移動できない。 の住んでいる家は、結構古い印象があるマンションだった。この大きさだと1DKくらいかもしれない。 元々大きな企業に勤めていたらしく、しかも使う間がないほど忙しかったと言っていたので貯蓄はそれなりにあるようだが、今の会社の規模や、それに加えてユーイチという扶養者がいることから贅沢な生活を避けたのだろう。 部屋の前に着いて 「ユーイチ、鍵は?」 と聞くと、 「僕持ってないよ」 ときょとんと返されて杉江は慌ててドアノブを回す。 「先輩?!」 「ちゃん!」 杉江の足元をするりとすり抜けてユーイチが室内に入り込む。 一瞬躊躇った杉江も「お邪魔します」と言って室内に入った。 「ちゃん」と彼女を呼ぶユーイチの声が聞こえた部屋の襖を開けると、が倒れている。 「先輩!」 膝をついて彼女を抱き起こす。 熱があるようだ。 「ユーイチ、薬の買い置きある?」 「僕わかんない。全部、ちゃんしか知らない」 泣きながらユーイチが首を横に振る。 一瞬考えた杉江は、 「ユーイチ。いつも先輩が仕事に行くときに持っている鞄は?」 と聞いた。 「これ!」 これは見ているから知っている。 受け取った杉江は後で怒られることを覚悟して財布を開けた。 身分証明書となる免許証に、保険証も入っている。 鞄の中には家と車の鍵もあった。 「ユーイチ。先輩の車はわかるか?」 「うん、下にある。僕、何回も乗ってるから知ってるよ」 いっそ病院に連れて行くことにした。 勝手に風邪薬を飲ませてしまってこじらせたり、薬を買ってきてもアレルギーとかあると拙いと思ったからだ。 それに、栄養剤の点滴を打ってもらった方が回復も早いだろう。 「よし、車が停めてあるところまで案内してくれ」 杉江はをひょいと抱え上げて彼女の通勤用バッグも一緒に持ち出した。 の車なら、チャイルドシートもあるはずだ。 戸締りをして、近くの駐車場に停めてある彼女の車に乗り、彼女の財布の中には総合病院の診察券が入っており、その総合病院へと向かうことにした。 既往歴がわかるほうがきっといいはず、と素人なりに考えて出した結論だ。 「ちゃん、大丈夫?」 「俺達で助けような」 杉江はそう言って、車のエンジンを掛けた。 「杉江、『お父さん』みたい」 少し声を弾ませてユーイチが言う。 「ん?」 「ちゃんがお母さんで、杉江がお父さんだったら、僕みんなに自慢できるよ」 「そうか。自慢できるか」 「うん、参観日も嬉しいと思う!」 「そうか、嬉しいか」 杉江が返す言葉にユーイチは元気良く頷いた。 |
桜風
12.2.4
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