歩く速さで 1





キャンプを明けて初めてのオフに、特にすることはないが家でのんびりする気にもなれなくて家を出た。

夕方と言ってもこの時期はまだ日差しが強い。

帽子でも被ってくれば良かった。

手をかざして目元に日陰を作る。

風は少しだけ夏から秋へと変わっている気もするが、自分の願望がそう感じさせているのだろう。


のんびりと川べりを歩く。

夕涼みにをもくろんで家から出てきた人や、愛を語らう恋人達。

いろんな人が川面に視線を向けていた。

「ストーップ!」

不意にそんな声が聞こえて驚き、顔を向けると猛然と駆けて来る女の子と犬。

犬種に詳しくないので名前はわからないが大きな犬。

「チビ、ストップ!」

名前と言うのは子供のときにつけるから仕方ないだろうが、改名も時には必要なのではないだろうか...

しかし、女の子はその犬に引きずられるように走っている。

自分の目の前を『チビ』が通り過ぎ、半ば引きずられている女の子が掴んでいたハーネスを掴んでその犬の暴走を止めた。

「大丈夫?」

声をかけると彼女はぺたりとその場に座り込む。

「あ...り....が.......とう」

暴走を止められた犬は不満そうにしているかと思いきや、つぶらな瞳で舌を出し、ハッハッと息をしていた。

犬のハーネスを持ったまま彼女を支えて近くのベンチに座らせる。

このベンチはコンクリート製でしかも埋め込み式だからと思い、ロープを繋いで「ちょっと待ってな」と声をかけて近くの自販機へと向かった。


スポーツ飲料を購入して戻ってくると随分と回復したらしい彼女がちょこんとベンチに座っている。

犬が大きいから小柄に見えるだけかと思ったが、実際小柄のようだ。

「どうぞ」と先ほど購入したスポーツ飲料を渡すと「あの、今お金を持ってないんです」と彼女が申し訳なさそうに言う。

「いいよ、奢り」

「けど...」

心から申し訳なさそうに言う彼女に「とりあえず、飲まないと。熱中症になるよ」と促した。

実際、彼女の顔色はあまり良くない。

この暑い中犬の暴走に付き合ったんだ。水分補給なんて出来ないだろうし、そもそも水分補給は意外と疎かにされることが多い。

とても必要なことなのに。

「俺、時々ここを散歩してるから。そのときにまた会えたら返してくれたら良いよ」

彼女に言うと「いただきます」と素直になった。

一口飲んで彼女は彼を見上げた。

「お名前、聞いても良いでしょうか。わたし、って言います」

ああ、そうか。

「堀田。堀田健二」

「堀田さんですね。今度必ずお返しします」

目をまっすぐに見る子だな、と感心した。

「うん、わかったよ」


堀田は彼女の隣に腰を下ろして川面を眺めた。

暫く彼女はゆっくりと水分補給をしていたが、ペットボトルのキャップを閉めて堀田を見上げる。

「本当に、ありがとうございました」

「お礼を言われることじゃないよ。けど、こいつ、君んちの子?」

『子』というには大きすぎる『チビ』を見て言う。

「はい」と彼女が頷いた。

「いつも君..さんが散歩しているの?」

自己紹介されたのに名前を呼ばないのも失礼かと思い、堀田は彼女の苗字を口にした。

「いいえ。今、夏休みで実家に帰って来ているので」と彼女が言う。

「実家に...」

どっちだろう...

高校生と言ってもおかしくないが、この落ち着き様から考えると大学生かもしれない。意外と中学で寮生活と言うのもあるかも?!

「学校はどこ?」

「神奈川です」

だろうなぁ...普通は場所を言うよな...

無難なところを聞いたつもりだ。学校名を言ってくれればラッキーだと思ったが、場所を返された。

普通はそうだろうな。

「大学2年生ですよ」

クスクスと笑って彼女が言う。

「あ、ああ。そうなんだ...」

どうも自分の考えが見抜かれたようだ。何処となく気まずさを感じた堀田は頬を掻く。

「まさか、中学生には思いませんでしたよね?」

「勿論」

ちょっと思ったけど。

10分程度ではあるが、彼女の体力が回復するまで世間話をした。というか、このチビがどうやって家にやってきたかの歴史を聞いているとそれくらいの時間が経った。

の携帯が鳴り、彼女が出る。

何やら呼び出しのようで慌てていた。

「あの、堀田さん」

「うん、じゃあ、運が良ければまた」

「絶対にお金はお返しします!」

そう言って彼女は立ち上がり、繋いでいたチビを解放した。

途端にチビは嬉しそうに駆け出す。

「待って、チビ!ストップ!!」

親孝行も良いが、体格等を考えて行動したほうがいいのではないだろうか。

あっという間に小さくなっていった彼女を見送りながら堀田は苦笑した。









桜風
11.8.14


ブラウザバックでお戻りください