歩く速さで 5





シーズン前半が終わり、キャンプ前のオフの日。堀田は神奈川に向かった。

神奈川と言っても広い。偶然なんてものはありえないが、何となく向かってしまった。

せめて、大学の名前だけでも聞いておけば目星が付いただろうに...

そう思いながら適当な駅で降りてみた。どうやらここは一応、学園都市らしい。

少し駅前を歩いてみることにした。


駅前の造りというのは結構似ているものだな、と思いながら周囲を見渡していると視界に入った人物に驚いた。

ちゃん!」

咄嗟に出た言葉が彼女の名前。

今まで一度も呼んだことがないのに、何故咄嗟に出たのだろうか...

彼女は驚いて振り返る。

「あれ、堀田さん?!」

気付くと、彼女の隣に男が立っていた。

あ、そうか...

彼女は男に一声掛けて自分の元へとやってくる。

「どうしたんですか?お散歩ですか?」

からかうように彼女が言う。しかし、堀田としてはそのからかいに応じる余裕がなかった。

「さっきの、良かったの?」

「『さっきの』ですか...?」

何だろう、と首を捻っている。

「一緒に歩いていた、男の子。彼氏じゃないの?」

指摘すると彼女は「ああ」と納得したように頷く。

「バイト先の先輩です」

「バイト先の先輩?」

鸚鵡返しする堀田に「バイト先の先輩です」とはもう一度繰り返す。

「今、テスト期間中でバイトに行けないんですけどね。さっきそこで会ったから話をしてたんです」

「あ、テスト中...」

それは悪かったなぁ、と思って回れ右をしようとすると彼女にシャツの裾をつかまれた。

「堀田さんは何故神奈川くんだりまで?」

首を傾げて彼女が言う。

「あ、えーと...」

「君に逢いに」と言いたかったが、下手をすればストーカーとなってしまいそうだし。何より、変なプライドで素直な言葉を口にすることが出来ない。

「堀田さん、お時間は?」

「ああ、大丈夫だけど」

「じゃあ、わたしの息抜きに付き合ってください」

そう言って彼女は堀田のシャツの裾を掴んだまま歩き出す。

「こっちの方が、歩きやすいんだけど」と堀田が手を出すと彼女は少し躊躇った後に、そっと彼の小指を掴んで歩き出す。

「堀田さん、動物アレルギーは?」

「大丈夫だけど、何処行くの?」

動物園か?

そう思ったが、彼女は街中にずんずん進んでいく。


「ここです」と彼女が足を止めたのは所謂猫カフェと呼ばれるところだった。

「此処?」

初めてだ、と思いながら彼女に続いて堀田は店内に足を踏み入れる。

断然女性が多い。

ちょっと怯みつつ彼女の後を歩いていると猫が彼女に擦り寄ってくる。

「ちょっと待ってね」と猫に声を掛けながら店員に声を掛けていた。

「あの端っこに座っても良いって言われたのであっちに行きましょう」

そう言う彼女について堀田は店の端に向かった。

「此処、さんは良く来るの?」

「あれ?『ちゃん』じゃないんですか?」

からかうように彼女が言う。

「あ、いや...嫌じゃないかなって。馴れ馴れしいみたいで」

そう言うと彼女は苦笑した。

「嫌そうにしてました?」

返されて堀田は首を振る。少なくとも不快そうな表情ではなかったと思う。

「どちらかといえば...ちょっと嬉しかったです」

「そう...」

しかし...

猫カフェだから猫がいるのは当然で、たくさん居るのは店のコンセプトから考えて間違っていないだろうが...

「凄く、ちゃんのところに集まってきてない?」

ちょっと怖い。

「うーん、そうなんですよね...店長さんに何度か文句を言われています」

どうも彼女はこの店の猫に特別好かれているようで、彼女がこの店を訪れると猫が彼女に集まり、他の客が不満を口にすると言う。

「だから、平日の昼間くらいしか来れないんですよね」

なるべく客の少ない時間帯を狙って来ていると言う。

彼女の勧めで注文したデザインカプチーノに描かれているのはやはり猫で、どこか愛嬌がある。

カップを眺めて表情を柔らかくする堀田をも柔らかな表情で眺めていた。









桜風
11.9.10


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