歩く速さで 6





ちゃんの学校は此処から近いの?」

堀田が問う。今聞くのかと呆れつつも、若い子とどんな会話をして良いか分からない。

「近いですよ」

「学部は?って、あまりプライベートを聞くのは良くないか...」

同性ならまだしも、相手は異性だ。

「別に学部くらい良いですよ。獣医学部です。最短でもあと3年は学生です」

「獣医..なんだ?」

意外とは思わないが、何だろう、驚いた。

「わたしがぺしゃんこに潰れたのを助けてくれたのがチビだったので、今度はわたしが助けたいなって思って。チビの友達を」

彼女は原因についてはあまり詳しいことを言わなかったが、ぺしゃんこに潰れてしまい、学校に通えなくなったらしい。それが3年間。

最初の年は本当に何も出来ず、2年目にチビが家にやってきた。母親が拾ってきたらしい。犬種とか、そもそも犬の飼い方を知らなかったが、「何となく、呼ばれたの」と後になって母が言ったらしい。

チビが家にやってきて、の心も少しずつほぐされて、3年目には家の外に出ても平気になって少し遅れて高校受験をして、それからは躓くことなく歩いているようだ。多少の挫折はあったかもしれないが、ぺしゃんこに潰れて立ち上がれなくなることはなかったと言う。

「チビって、いつもは散歩するとき、大人しかったんですよ」

「...本当に?」

あの暴走っぷりを目にした堀田は俄かに信じられない。

「本当です」とが寂しげに笑った。

「チビは、本当に心の優しい思い遣りのある子だったので。たぶん、堀田さんはチビに見込まれたんですよ」

そう言っては笑う。

「俺が?何で?」

「さあ?動物って相手の本能に敏感だから。きっと堀田さんが優しい人だって気付いて猛烈アタックしたくなったんですよ」

目の前を駆け抜けられたが...


「そういえば」とが不思議そうな表情を浮かべる。

「堀田さんはこっちに何か用事があって来たんじゃないんですか?」

長く引き止めてしまった、と彼女は慌てている。

「ああ、いや。用事は終わってるから」

と堀田が言うと彼女は安堵の息を漏らした。

「ETUは、夏のキャンプはいつからなんですか?」

「うちの広報もウェブでアナウンスしていると思うけど?」と悪戯っぽく言うと「すみません、家に帰って見ます」と彼女がいう。

「冗談だよ」と笑ってキャンプの日程と場所を彼女に伝える。

「都内、ですか...」

目を丸くして彼女が言った。

「うん、都内。時間があったら見においでよ」

近いだろ?と堀田が言う。

「そうですね、近いです。けど、都内なんですか?避暑地とかでそういう所ではしないんですか?」

まあ、普通はそうだね。

心の中で同意した堀田は「ウチは大抵都内だよ」と苦笑して返す。

「移動とか楽で良いですね」

「そうだね」

そんな考え方もある。


店を後にして駅に向かう。

少し入り組んだ街の中だから彼女が駅まで送ってくれるといった。

「あのさ、ちゃん」

「はい?」

見上げる彼女に「携帯の番号、聞いても良いかな?勿論、俺のも教えるし」とやっとの思いで口にする。

全く、何なんだ...

自分に呆れていると「良いんですか?」と彼女が聞き返した。

「何が?」

「あ、いえ...堀田さんの番号、わたしが聞いても良いんですか?」

「普通、相手のを聞いたら自分のを教えないと意味ないと思うんだけど...?」

「まあ、そうですけど」

「ダメってこと?」

聞くと「いえ、全然!」と彼女が慌てた。

番号を交換し、携帯をポケットに仕舞うとふと彼女の表情が目に入る。彼女は携帯を大事そうに両手で包んで目を細めている。

そんな彼女の表情を見た堀田は「まずいな...」と小さく呟いた。









桜風
11.9.24


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