| そろそろ来る頃だろう、そんなことを思いながら腕時計を確認する。 顔を上げると忙しない雑踏の中を殆ど人にぶつかることなく駆けて来る女性が居た。彼女の名前はという。 本当にいつも時間ぴったりだ。 「村越!」と彼女が手を振ってやってくる。 軽く手を上げて村越は応え、数歩前に出た。 「何でいっつも時間前に来てるかなぁ...」 不服そうに言うに「遅れるよりか良いだろう」と返して歩き出した。 毎年、この日だけは地元に帰る。 勿論それが出来なかった年もあるが、大抵は何とかなっていた。 目的地へと向かう道はそこに近付くにつれて人口密度が上がっていく。 そんな中、村越はちらりとを見下ろす。彼女はそんな人ごみも気にせずにひょいひょいと避けながら少し歩調を遅めにしている村越と並んで歩く。 「今年のETUは、まあまあの成績なんじゃないの?今のところは」 不意に声を掛けられた。 「まあ、な」と愛想のない声で村越は返す。 イースト・トーキョー・ユナイテッド。通称ETU。それが村越が所属しているプロサッカーチームの名前で、彼はそこでキャプテンをしている。 とは高校時代からの付き合いだ。今では『腐れ縁』と言っているが、違う呼称の付き合いだったときもある。 村越が自分のことよりも優先したいことが出来、結局その関係は解消された。 その話..つまりは一般的に言う『別れ話』を村越の方から切り出したとき、は「ん!オッケー、オッケー」と軽く承諾してくれた。 そんな軽い返事を聞いて、彼女が自分をさほど好きではなかったのかと思い、多少の衝撃を受けたが、そんな資格は自分に無いと思い、訂正した。 そして、そのとき彼女が自分に言ったことが「ただし、年に1回は腐れ縁の誼で付き合ってよ」だった。 その『年に1回』というのが、地元の花火大会だ。 そんなに大きな規模でもないが、『花火大会』と名前がつけば、それなりに見物者が出てくる。 お陰でこの町もこの日は特に活気付く。 暫く歩き、いつも自分達が花火を見上げる場所に着いた。地元の人ならではの特等席だ。 花火の開始時間まで少しある。 はそのままぺたりと地面に座って夜空を見上げる。 「村越はさー」とが呟く。 「どうした?」 「何で、毎年帰ってきてんの?」 「は?!」と村越が声を上げた。当然だ。言いだしっぺはなのだから。 「あのなぁ...」と溜息混じりに文句を言おうとした。 しかし、振り返ったの目を見て村越は言葉を飲んだ。彼女がからかってそう言ったわけではなく本気で言っていることが分かったからだ。 村越は短く息を吐き、「帰りたいからだ」と返す。 はきょとんとしたが「そっか」と満足げに呟いて空を見上げ、その隣にどかっと座った村越も空を見上げた。 「年に1回くらい、に会いたいって思ってもバチは当たらないだろう?」 そう言って隣のに視線を向けると、目を丸くしたが声は出ないのか、ただパクパクと口を動かしていた。 遠くでアナウンスが聞こえる。そろそろ花火の打ち上げが開始されるのかもしれない。 何個目かの花火が上がったとき、「ばか」と微かなの呟きが耳に届く。 チラとを見た村越は彼女の手に自分の手を重ねて「ああ、そうだな」と呟いた。 |
桜風
10.7.11執筆(Dream Battle様に投稿)
10.9.1掲載
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