| 私には5歳年上の幼馴染がいる。 年上で『幼馴染』ってのも変な話かもしれないけど、でも、昔から知ってるんだから幼馴染ってことで。 そんな私の年上の幼馴染はかっこよくて、強くて、そして、一途で不器用。 でも、私はそんな彼が好き。 そして、何より好きなのは「」って私の名前を呼ぶ彼の声。 私の好きな人、それは宮田一郎。 私の好きな、人 「あれ?いっちゃん、珍しくお出掛け?」 趣味のガーデニングに精を出していたら垣根の向こうにいっちゃんの頭が見えたから立ち上がって声を掛ける。 「ああ、か。まあな。あのさ、いい加減『いっちゃん』って呼ぶのやめろよ。恥ずかしいんだけど」 「ええ?じゃあ、なんて呼べばいいの?」 一郎さん?一郎...?うわぁ、何か恋人同士みたい。って、年下に呼び捨てにされて大人しくしている人じゃないよね。 「『宮田さん』、とか?」 「却下。いいじゃん、昔からずーっと『いっちゃん』って呼んでるんだから」 『宮田さん』って呼んだらそれこそ遠くなっちゃうじゃん。それでなくてもいっちゃんは遠いのに... 「はいはい。じゃあな」 諦めたようにそう答えたいっちゃんは軽く手を上げてスタスタ歩いていった。 ...デート、なのかな? それはかなりの高確率であり得るよなぁ。いっちゃんカッコイイもんな。もててるもんなぁ。 あーあ。私はいつまで妹なんだろう。 6年前、まだいっちゃんが鴨川ジムにいたとき、一度だけ行ったことがある。 そのときは、いっちゃんが忘れ物をしておじさんが届けに行けないからって私に頼んできた。 正直ボクシングジムって怖かったけど、でもいっちゃんがボクシングをしている姿を見てみたかったから頑張って行ってみた。 窓からこっそり覗いて中を見ると今まで見たことのない、いっちゃんの顔から目を離す事ができなくなっていた。 「おい、何か用か、チビ?」 突然後ろから声をかけられて驚いて振り返ると、すっごい大きな人、鷹村さんが立っていた。 私はその人が怖くて、思わず泣きそうになると、 「あ〜あ、鷹村さん。小さい子を泣かしちゃダメじゃないスか」 その人の後ろから汗だくになって走ってきた木村さんが呆れたように言った。 「ちょっと待て木村!!オレ様は何も悪くないぞ、このチビが中を覗いていたから声を掛けただけだ!!」 「そんなこと言って、苛めたんじゃないのかよ?!」 同じく汗だくになって走ってきた青木さんがそう言うと、 「何だと、青木!!」 鷹村さんが締め技を始めた。 このとき、ボクシングに締め技があるのかって感心した覚えがある。いっちゃん凄いなって。 そんな外の騒ぎにさすがに気が付いたいっちゃんが窓の傍までやってきて、 「何やってるんですか。...?どうしたんだよ、こんな所で」 私は見つかってしまった。 かくれんぼじゃないんだから見つかっても良かったんだけど、でも、用事が済んだら帰らなきゃいけなくなる。いっちゃんのあの顔を見ることが出来なくなる。 「うん。おじさんに頼まれて、いっちゃんの忘れ物持ってきたの」 「ああ、悪いな」 「なに?このチビ、『いっちゃん』って、宮田の知り合いだったのか?!」 鷹村さんがさんが興味津々に聞くと 「そうですよ。何か?」 眉間に皺を寄せていっちゃんが答えると 「えっと、ちゃん?少し休んでいきなよ。このクソ熱い中、宮田の忘れ物を届けるだけに態々ここまでやって来たんだろ?」 木村さんが膝を折って目線を合わせて優しく声を掛けてくれた。 「でも...」 いっちゃんの邪魔をするのは嫌で、でも、もう少しいっちゃんの頑張ってる姿を見てたくて答えられないでいっちゃんを見上げると、 「じゃあ、少し中で休んでいけよ」 窓から手を伸ばしてぽんって私の頭に手を置いた。 「うん!」 中に入ったら何か色々凄くてキョロキョロしてると 「こっち」 って言いながらいっちゃんが手を引いてくれる。何か布がぐるぐるに巻いてある手は強そうで、優しかった。 階段を上って部屋のドアを開けて 「すみません、八木さん。こいつって言って俺の知り合いなんですけど、ここで少し休ませてください」 「ああ、いいよ。さん、麦茶でも飲む?」 眼鏡をかけた八木さんが優しく声を掛けてくれた。 そのままいっちゃんは部屋から出て行ってドアを閉めた。 あれ?下にいちゃいけなかったのかな?やっぱり邪魔になるのかな?? そう思いながら麦茶をもらってゴクゴクと飲み干す。 「ごちそうさまでした。美味しかったです」 「そう。それは良かった」 「あの、八木さん。下に降りたら邪魔になりますか?」 やっぱりまたあのいっちゃんの顔を見たくて我儘を言ってみると 「いいよ。でも、女の子が見て楽しいかな?」 「楽しいですよ、きっと!!お邪魔しました。ありがとうございました」 きちんとお礼を言ってドアを開けて 「失礼しました」 職員室を出るときのように挨拶をしてドアを閉めて急いで下に降りる。 階段を降りきる所で声がして思わず急ブレーキ。 「なあ、ちゃんって可愛いな?」 「は?何ですか、突然」 「いや、だから。将来美人になるタイプだよって」 「だから、何なんですか、突然」 「いや、お前ちゃんと付き合って...?」 「ません。アイツはまだ小5の子供ですよ。妹みたいなものです。ったく、相変わらず変なことを聞いてきますよね。それじゃあ、俺は練習に戻ります」 そう言っていっちゃんの足音が遠ざかった。 『まだ小5の子供ですよ』この言葉が頭の中をぐるぐる回ってて足が動かないでいると 「あ...」 階段のほうに歩いてきた木村さんに見つかってしまった。 「あー...ちゃんさっきの聞いて、た?よなぁ。ごめんな?」 「何のことでしょう?あの、私もう帰りますからいっちゃんに伝えておいてください。失礼します」 木村さんに私の気持ちがバレてたのが何だか恥ずかしくて。 いっちゃんに『子供』って言われたのが悔しくて。 だから精一杯の強がりを見せてすぐ傍の裏口から出て行った。 あれから6年。 私は成長した。...と思う。でも、それ以上にいっちゃんが成長してしまって全然追いつけない。 せめて、出るところが出てて、引っ込むところが引っ込んでたら、いっちゃんの私を見る目が変わってたかなって思う今日この頃。 空を見上げて 「あーあ」 色んな想いをこめて呟いた私の声は、見事なまでの空の青に吸い込まれて消えた。 |