| 言えない、秘密 俺はの家のリビングで参考書をペラペラと眺めていた。 見てやると言ったからには最後まで責任とっての勉強の面倒を見てやるべきなんだろうけど、かなり自信が無い。 なんせ教科書や参考書を開くのは4年ぶりだ。当時、確かに俺は数学だけは成績良かったかもしれないが、結局は当時の話で今現在ではない。 やれと言われてすぐに出来る程の得意科目だった訳でも無いし。 だからとりあえず参考書を捲っている。数式の羅列を眺めながら昔の記憶を紡いでいく作業に集中していた。 「いっちゃん、これ分かる?」 向かいに座っているが教科書をクルリと反転して俺に見せた。 内心ビクビクしながらもが差し出してきた教科書を覗いてみる。 あ、これは何となく分かる。 そう思った俺は手に持っていた参考書をペラペラと捲って目当てのページを探り出す。 「これはここの公式当てはめて計算すればいいんだよ」 お目当てのページとそのページに綴られた公式をに見えるようにして参考書を差し出した。 やれば出来るなと、思わず自我自賛する俺。 も「なるほど」と頷きながら参考書と教科書を見比べてノートに書き写している。 ホッと胸を撫で下ろした。何とか年上としての面目を保てた事にだ。 「いっちゃん」 不意にが俺の名を呼んだ。 また次の難問か?と俺は身構えた。 「何だ?」 「合コン、どうして来たの?」 ビクリと身体が動きそうなのを必死に耐えていた。 と出会ってしまった鷹村さん主催の合コンの席。 以外の女に目を向けようとして参加したのに、肝心のが来てしまっては意味が無かった。 結局最後までの事ばかり考えてる自分がとても滑稽で、まるで売れないピエロのようだった。 「誘われたから行っただけだ」 静かにそう答えた。 「いっちゃん、以前合コンとかそういうの嫌いだって言ってたよね?」 「それがどうした?」 「だって言ってる事とやってる事、全然違うじゃない!」 が声を荒げた。 俺が以前言っていた事と別の行動を取っているのが気に入らないんだろう。 目の前でそれを見てしまっては反論も出来ない。 確かに前々から俺はそういった場所が苦手だった。今でもそれは変わらない。 でも、嘘を吐いていたという事実は変わらなくても、に迷惑を掛けた覚えは全く無い。 俺は少し溜息を吐きながらもう一度参考書へ視線を移した。 「お前だってそういう場所好きじゃないとか言っておきながら居たじゃねぇか」 「私は、その・・・・、誘われたから」 明らかに動揺しているの声。 こいつは昔から全く変わらない。図星を突かれるとすぐに声にそれが出る。 真剣な話をしている最中であるにも関わらず、目の前のの動揺した姿が可愛いと思って少し微笑んだ。 「ふうん」 参考書をパラパラと捲る。 単に捲っているだけで何かを見ているという動作では無い。ただ手持無沙汰だっただけだ。 に自分の顔を見られないようにワザと俯いているだけ。 こんな時に笑っていたとあっては不謹慎だと怒られかねないからな。 「本当はね、断ったんだよ。でも、断り切れなくて・・・・」 「・・・・」 「でもね、違うの!誰かと知り合いになりたいとか、付き合いたいとか、そういうのは無しで友達に強引に・・・・!」 が焦っているのが見て取れる。 俺に言い訳でもするかのように必死に弁明するに親近感を覚えたが、ここで俺が手を差し伸べてどうするんだと思い直す。 はの道を歩んでいくべきなんだ。幼馴染の俺の背中なんて追い掛けても良い事なんて何も無い。 「俺に言い訳しても仕方無ぇだろ?」 「・・・・あ」 「別にいいんじゃねぇか?そういう所に行っても。誰もを責めたりなんてしないよ」 そうだ。別に俺が責め立てるような事じゃない。 の事を勝手に好きになったのは俺だし、が誰と仲良くなろうが誰と何処へ行こうがが決める事だ。 俺なんかが口出しする事じゃない。 「・・・・うん」 項垂れるようにの声のト−ンが下がった。 俺が突き放した言い方しちまったから気に触ったんだろうか。 「早く宿題済ませちまえよ」 「・・・・うん」 罪悪感を取り繕うように話題を変えた後、部屋にはノートを写すシャーペンの音と参考書を捲る音だけが響いていた。 一通りの宿題も終了して俺は自分の家へ帰る事にした。 玄関に置いてある時計を見ると10時を回っている。かなり長居しちまったみたいだ。 俺はさっさと靴を履いて玄関まで来てくれたの方へ向き直した。 「ねえ、いっちゃん」 夕飯のお礼を言おうとした瞬間、先を越すようにしてが俺の名を呼んだ。 の方から呼び掛けられて少し拍子抜けした俺だが、気持ちを切り替えてに返事を返す。 「何だよ」 「聞かないの?合コン途中で抜け出して木村さんと何してたのかって」 「・・・・え?」 突然のの言葉に心臓が大きく高鳴った。 合コンの途中、確かに走り去っていくの後を追い掛けたのは俺ではなく木村さんだ。 今まで気にならないと言ったら嘘になる。 今日も何度も頭に浮んできたけど、それは俺が聞くべき事では無いと自分に結論付けた。 「見てたんでしょう?木村さんがこの家の前まで送ってくれるところ」 気付かれてた。俺が木村さんに送られて帰宅するの姿を見ていた事。 声を掛けようかと思っていたが、結局掛けられなかったあの時。 「いっちゃんは気にならないの?」 念を押すようにしてが言った。 気にならない筈が無い。 でも・・・・。 「別に俺には関係ねぇだろ?」 無理矢理突き放すような言い方をしてでもどうにかこの場を切り抜けたいと思う気持ちが優先した。 に自分の気持ちを悟られる訳にはいかない。これだけは秘密にしておかなければ。 自分にす言い聞かせながら。 「じゃあな。飯、美味かったよ」 ぶっきら棒にそう伝えて玄関を後にした。 ドアを閉める瞬間、と目が合った。俺を責める様な、そんな目をした。 が何を俺に求めているのか、その瞳から量る事が出来なくてただ呆然と俺の手を離れたドアが閉まるのを待った。 ガチャリと音を立てて俺ととを遮るドアの音が大きく心に沁みた。 俺は一体どうすれば良かったんだ・・・・。 俺の疑問は暗い闇へと溶けて消えていった。 |