振袖と諺





「ほな、ちょっと走ってくるわ」

店先で店内に居る祖母に声を掛けてストレッチをする。

「武士」

前屈をしていたら声を掛けられ、少し顔を上げると綺麗な柄が目に入り、ゆっくりと顔を上げるとそこには見慣れた人物の顔がある。

「何や、。めかしこんでどこ行くんや」

尚もストレッチを続ける千堂に目の前に居るは少し面白くなさそうな表情を浮かべた。

「どこって..成人式」

「あー、何か案内が来とったなー」

あの案内はがきはどこにしまったのだろうか。捨てたかも...

そんなこと思いながらストレッチを続けるふりをして目の前で不満そうな表情を浮かべているの様子を盗み見る。

普段そんなに化粧などをしない印象があるは、さすがに振袖を着るとなるとそれなりにきちんと化粧を施してあるし、着ている振袖も何か、凄く目を惹く。

芸術というものに興味がないというか、センスがないと思われる自分の感覚だが、それでも、この振袖の値が張りそうなことくらいは何となくわかるし、によく似合っていると思う。

「おかんに買うてもろうたんか?」

何の話だろう、と少し首を傾げたに千堂はあごでその振袖を指す。

「ああ、これ?ううん、違うよ。レンタル」

笑いながらそう言う。

「何や、借りもんか」

千堂の言葉には頷く。

「さすがに買ってもらえないよ。高いもん」

「あー、そうやろうなぁ...1回のためにそんな大金出すんは勿体無いもんなー」

「さすがに『買って』なんて言えないよね」

さつきは千堂の言葉に深く頷いた。


ロードワーク出でると言って出て行った孫の声がまだ店先でする。

気になった祖母が店先に出てくると目に鮮やかな振袖を着ている孫の幼馴染の姿があった。

「あ、おばあちゃん。こんにちは」

お辞儀をするに「こんにちは」と返してそのままじっと振袖を見つめる。

「今日は一段と別嬪やな。その振袖、どないしたんや?買うてもろうたんか?それとも、のおかんのか??」

「借りもんやって」

『一段と別嬪』とは何や...?『一段と』ということは普段から別嬪ということになるんやけど?

そんなことを思いながら千堂はが返す前に勝手に祖母の言葉に答える。

祖母は千堂を見上げてたしなめるような視線を向けた。

何がいけなかったのか分からない千堂は首を傾げて口を閉じた。

千堂が変わりに答えたのでは肩を竦ませて「と、いうことです」と返している。

「言うてくれたらばあちゃんが振袖貸したんやけどな。まあ、の着とるそれよりは、少し地味なものやけど」

その言葉に千堂とは顔を見合わせる。

「おばあちゃんの、振袖?」

「昔は、やけどな。これの母親に譲ったから、正しくは違うけどな」

彼女の言葉には思わず千堂を見る。

「おかんそんなん持っとったか?」

目を丸くして千堂も問う。初耳だったようだ。

「振袖は、娘さんが着るもんやから武士の前であの子は振袖着た事はないやろな」

そんなもんか、と納得しながら改めてを見た。

やっぱり見慣れない振袖姿であるため、じっと見続けることが出来ずに千堂は視線を逸らした。


不意にわき腹をつつかれた。

見下ろすと祖母が「ほれ」と促している。

目の前で千堂とその祖母がなにやらやり取りを行っている。

何だろう、と気になったは千堂に視線を向ける。

祖母の促している言葉が何かと言うのは分かっている。

正直、さっきを目にしたとき自分は心の中で呟いた言葉だ。

だが、それを声に出すだなんて出来るはずがない。スマッシュ打てても幼馴染をさりげなく褒めることは苦手だ。何より、既にタイミングを逃しているだろう。

しかし、祖母が自分を促す視線を緩める様子はなく、諦めて気持ちを切り替えるために深くため息を吐いた。

「あー、

「何?さっきから変だよ、武士」

些か胡散臭そうに自分に視線を向けるの視線については、現在気にしていられない。

「こんな諺知っとるか?」

「ことわざ...?」

の言葉に千堂は頷いて息を大きく吸う。

「あごにも衣装!」

......

千堂が高らかに誤った諺を口にした後、数秒間居た堪れない沈黙が降りた。

もうどれを突っ込んでいいかわからないと、は悩んでいる。

これは、突っ込み待ちのボケか。それとも、マジボケだろうか。

それによって突っ込む箇所が違うと思うし...

視線を彷徨わせて目の前に立っている幼馴染の頭の中身を想像していると「っつぅ!」と声が上がる。

驚いて顔を向けると千堂がすねを押さえてうずくまっている。

「ほんっまにアホやな!」

おそらく祖母がすねを蹴っ飛ばしたのだろう。

「ごめんな、。これは思いの外アホな子やった」

そう言いながらうずくまっている千堂を指差して心から申し訳なさそうに頭を下げる。

その様子が可笑しくては笑った。

「いいよ、おばあちゃん。知ってるもん」

がそういうと「何やて!?」と千堂が何か言い返そうとしたが再び祖母にすねを蹴られて蹲る。

「武士、ひとつだけ教えておくわね。『馬子にも衣装』だから」

けらけらと笑いながらもは正しい諺を伝授する。

「じゃあ、おばあちゃん。わたしそろそろ行くね」

「帰りに寄れたら寄りよ。これの母親の振袖を出しとくから」

祖母の言葉に頷いたは手を振って千堂商店から遠ざかっていった。


残された千堂は拗ねてその場に座り込んでいる。

「『別嬪さんやな』くらい言える様になっとかんと、をほかの男に取られるで」

祖母がそう言い残して店内に戻っていき、その言葉で千堂は益々膨れっ面になった。









桜風
09.1.1


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