あなたといると心がやすまる





彼女は明らかに人数あわせで来たと言った感じだった。

だって、只管何か食べてる。

それに対して非難の眼差しは向けられていない。寧ろ、なんだか心がほんわかとした。

美味しそうに食べるのだ。

なんだか食事をどんどん勧めたくなる。

しかし、一方では必死な様子で異性との会話に食いついている彼女達は、本当、怖いなと思っていた。

「それ、美味い?」

木村が声をかける。

声をかけられて初めて彼女は顔を上げた。

自己紹介の義務だけは果たした彼女の名前は、一応知っている。

「えーと、ちゃん」

あ、しまった。名前で呼んでしまった。

年齢的にはたぶん、木村とそう変わらないとは思うが、その食事をしている表情や仕草がどうにも少し年下に見えてしまう。

「うん、食べてみる?」

彼女は大皿から取り皿に今自分が食べているものを取り分けて木村の前に置く。

手際がいいのは勿論のこと、それでいて、盛り付けが綺麗だ。

「すごい、美味そう」

思わず零れた木村の言葉には笑う。とても嬉しそうに。

自分が作ったわけでもないのに、彼女はその言葉がとても嬉しそうだった。

「それね、ソースは」と解説を始めた。

「料理、詳しいの?」

「食べる専門で」と笑いながら彼女が言う。

『食べる専門』がこうやってソースの味とかそういうのも分かるのだろうか...

不思議だなーと思いながら木村は彼女の料理談義を聞いた。勿論、食べる専門の。

薀蓄とかそういうのではなく、何処で食べた何が自分の好みだったとかそういうことも話すものだから、今度行ってみようかと思う。


「ところで、今更だけど」

彼女はふと我に返ったように手を止めた。

「何?」

「あっちは、良かったの?」

彼女が言う『あっち』は未だに続いている合コンだ。

いや、合コン自体はお開きしていないから続いているが、どう考えても食に目が眩んでいるの話を聞いていたりしたらあちらに参加なんてムリだ。

木村は苦笑した。

「こっちの方が面白そう」

は嬉しそうに笑って「こう言うときはボランティアに勤しんではダメだと思うなー」と返した。

「いやいや、楽しいって。ホント」

そう言ってニッと笑う。

何と言うか、あそこで獲物を狙っている女性陣はちょっと怖すぎる。木村的には大穴狙いと言ったところだ。

だが、彼女にそれを悟られてはいけない。

そうは言っても目の前のは既に悟っている様子だ。

木村は苦笑して肩を竦めた。


お開きになって二次会に行く者の確認が始まる。

は友人達に声をかけて駅の方へと向かっていった。

「送るよ」と声をかけてきた木村には苦笑した。

「大穴ってリスク高いよ?」

の言葉に木村は苦笑いを浮かべる。

「どっちかって言うと、オレ的に本命」

木村の言葉には一瞬驚いたように目を見開いたが、やはり苦笑した。

「ま、いいけどね」と言ってテクテクと歩き出す。

暫く歩いて「ねえ、木村さん」と声をかけてきた。

「何?」

「デザート、付き合ってもらえる?」

はそう言って木村を見上げた。「まあ、独りでも全然平気なんだけど」とは言う。

「さっきのじゃ、足りない?」

「あそこ、値段の割りに美味しかったけど。デザートが手を抜いたもいいところよ」

不満が残っているらしい。

「じゃあ、付き合おうかな」と言った木村には頷いて駅から外れる道を選んだ。



それ以来、ときどき一緒に出かけるようになる。

は基本的に美味しいものは美味しいと思うが特に食に偏りが無い。なので、どんなジャンルの料理もへっちゃらで、いつも美味しそうに食べる。

味オンチと言うわけでもないし、実際「まあまあ」レベルまでの店にしか当たっていないので本当に不味いものに出くわしたときのの反応は見たことが無い。

だが、本当に美味しそうに食べるを見ていたら何だか見ている方まで幸せになれる。

これは彼女の長所で才能だなと思いながら木村は見ていた。

「そういえば、木村さんの家ってお花屋さんなんだよね?」

「んー?うん、まあ」と応えながら過去に自分の家が花屋だなんて話をしたかなと首を傾げる。

「じゃあ、今度買いに行く。家に花があるとやっぱり気持ちが明るくなるし」

「取っておきのを選んであげるよ」


そんな会話をしたのが数日前で、やっぱりどう考えても自分の家の話なんてしていないと木村は首を傾げた。

ああ、でも。あの合コンのメンバーは知ってるからそれでかな?

夕方のロードワークは自分ひとりで走っていた。

ふと、足を止めて腰に手を当てて伸びをする。

ポンポンと背中を叩かれて振り向くとそこにはが立っていた。

「は?!あれ??」

「さらに、プロボクサー」

笑ってが言う。少しだけ、悲しそうに。

その悲しそうな表情の意味が分かった木村は苦笑した。

「オレは、プロだぜ?」と言う。

は木村の言わんとしたことが分からなくてきょとんとした。

ちゃん、この間言ってた『花が家にあると』ってやつ。あれ、鉢植えでも大丈夫?」

突然の話題転換には困惑しつつ頷いた。

「じゃ、今度持ってくよ」

そう言った木村は数日後に本当に配達に来た。

持ってきたのはペチュニアの鉢。

手渡した木村は「育て方に躓いたら早めに教えてくれよ」と言ってウィンクをした。

木村のウィンクが妙に気になって調べてみた花言葉には複雑な表情を浮かべる。

じゃあ、これからは食べる専門ではなくてもう少し努力しようかな...

そう思って木村の持ってきたペチュニアを見て微笑んだ。









桜風
10.6.1