| 10年以上前、私はこの街に住んでいた。 賑やかな商店街の中を縦横無尽に駆け抜けて、友達と遊んでいた。 たくさんの友達がいる中で、私の初恋の人もいた。 彼は幼稚園から一緒で、家がお花屋さんの優しい少年だった。 彼の幼馴染は少し乱暴で、普通に腕白坊主だったけど、彼はそれをフォローするかのように優しかった。 そんな彼は、そこそこ女子たちの人気を集めていたし、私も例外ではない。 でも、私は親の転勤の都合で引っ越さないといけなくなった。 私の初恋は儚く終わった。 引越しの前日、彼が家までやってきた。 「何?」 「、引っ越すんだろう?これ、やるよ」 そう言って土手に咲いていた白詰草で作った冠をくれた。 「俺が作ったんだぜ。すげーきれいだろう」 と得意げに言った。 「ありがとう」 そう言って私はその冠を頭に載せる。 「また、会えるよな」 「うん、きっと会えるよ」 「約束だぞ」 「うん、約束」 そう言うと彼は満足そうに微笑んで、走り去っていった。 引っ越した後も彼とは手紙をやり取りしていた。 意外にマメな性格で、返事はすぐに届いた。 手紙を出すとその返事が待ち遠しくて何度も郵便受けを覗いていた。 手紙があったら凄く嬉しかったし、なかったら落胆していた。 そんな私を母が時々思い出して懐かしむ。 私が引っ越して数年、ちゃんと返事が来ていたけど、中学に上がって少ししたら、返事が来なくなった。 何度か手紙を出したけど、結局返事がなくなり、私は彼が迷惑がっているのだと思って手紙を出すのを辞めた。 手紙を書くことがないまま、私は高校に上がった。 そして、高2の秋に1通のはがきが来た。 『元気か?』 その一言だった。 それは黒のボールペンで一言だけ書いてある普通の官製はがきで、何の工夫も趣向もみられない素っ気無いものだったけど、私は凄く嬉しかった。 私は急いで返事を書いた。 綺麗な外国の風景写真がある絵葉書に 『元気だよ』 と書いて、少し、近況を書いた。 彼からの返事は来なかったけど、クリスマスカードが届き、年賀状も届いた。 昔ほどの頻度で手紙を出すことはなく、年に2回、私と彼の間ではがきが行き交う。 そんな文通ともいえない手紙のやり取りをしている中、彼が手紙を送ってきた。 ずっとはがきだったのに、封書で。しかも、年賀状でもなければ書中見舞いでもない。 不思議に思って封を開けるとひらりと何かが落ちた。 1枚は、何も書いてない白詰草の写真のカード。そして、もう1枚は何かのチケットだった。 それ以外、何も入っていない。便箋も、別のメッセージカードも。 よく見てみると『ボクシング』と書いてある。 小学生のときの彼とは結びつかないそれに驚いた。 慌てて小学校のときの連絡網をあさる。まだ、捨ててないはず。 やっと引っ張り出した昔のファイルに連絡網ははせてあった。 ダイヤルして応答を待つ。 『はい、木村園芸店でございます』 おばさんが電話に出た。 「あ、あの。私は幼稚園と小学校で達也君と一緒だったです」 そう言うと覚えていてくれてたらしいおばさんが懐かしそうに話を始める。 少し話して、 『ああ、やっと帰ってきた。達也、電話だよ』 と言った。『誰からだよ』と訝しがっている声が聞こえた。当たり前だけど、声が低くなってて、あの木村じゃないように聞こえる。 『もしもし?変わりました』 「あの、木村?、なんだけど...」 『、って。!?』 良かった。ビックリしてるけど、嫌がってる感じはない。 「そう。。久しぶりね」 『おう、どうしたんだよ』 「や。久しぶりに声を聞きたくなってー」 殆ど本音のそれを口にすると木村は『なんだよ、それ』と言って笑った。 「まあ、そうじゃなくて。手紙、届いたんだよ。何、ボクシングって?」 『ああ、俺、今プロボクサーなんだ。試合があるから良かったら来てくれよ』 爽やかな声でそんなことを言う。 「ボクシングやってんだ?しかも、プロって...」 『ははは。すげーだろ?皆そんな反応するんだぜ』 「や。普通するでしょう。へー、凄いね」 『あんま凄くない。チャンピオンになってやっと“凄い”になれると思うな』 なんか言ってることが男らしいと言うか、大きいと言うか。木村ってこんなだったっけ?? 「そういえば、白詰草のカードって何か意味があったの?」 もう1枚のそれを聞いてみた。 あれには何のメッセージも書いてなかった。 『いや。アレは。何だ。可愛かったから入れてみたんだ』 嘘だ。 声が上ずってる。 「ホントに?」 『ホントだって!!』 ムキになってそう言う。 でも、これ以上追及するのは可哀想だからやめておく。 「試合、見に行くよ」 『おう。絶対勝つ』 そう言った。 試合の当日。 チケットを握り締めて会場へと向かった。 ルールとか全然分からないけど、たぶん、最後まで立っていた人が勝ちだってのは分かってた。というか、それ以外知らない。 席についても中々木村が出てこず、段々飽きてきた。 そんな中、木村が出てきた。 周りのお客さんに名前を呼ばれたりして、それなりに人気があるらしい。 試合は、なんだか木村の勝ちだったらしい。 凄く長く感じた。 実際、最終ラウンドまであったから他の試合よりは長かったみたいだ。 試合が終わって、帰る人の波が引いてからホールを後にした。 不意に腕を掴まれる。 振り返ると、木村が立っていた。 「よう!」 右手の人差し指と中指の2本を立てて額から前に動かす。 「痛そう...」 「痛ぇよ」 そう言って木村が笑う。 そして、目を細めて 「また会えたな」 そう言った。 木村の言葉で、最後の約束を思い出す。 「うん、会えたね」 「約束したもんな」 「約束したもんね」 そう言ってお互い笑った。 これから祝勝会だからって誘われたけど、終電を逃すわけにはいかないから、勿体無いけど断った。 「じゃあ、また」 「うん、また応援に来るよ」 「チケット送るから」 そう新しい約束を交わしてそこで別れた。 次に試合を応援しに行くまでに少しくらいボクシングの勉強をしておこう。 そして、また約束をしよう。この先もずっと... |