椿







私のバイト先には、整った顔立ちの男の子が居る。

彼は何とボクサーだそうだ。

偶然見た雑誌の表紙に彼が居て、思わずそれを手にとってまじまじと眺めた。

それは紛れもなく『宮田一郎』で、今日は久しぶりに同じシフトに入っている。


時計を見て慌てて走った。

何とか時間までにバイト先のコンビニに着いて準備を始める。

「お疲れ様です」

と先に来ていた宮田くんに声を掛けると

「ああ、さん。お疲れ様です」

と言う。

この宮田一郎。基本的には無愛想なのだ。

が、ボクサーというなら何となく納得してしまう。

納得..してしまえるか??


改めてカウンターで私と並んでいる宮田くんの顔を見れば、整っているということを再確認できた。

うん、整ってるよ。

ボクサーって顔を殴られたりして、多少なりともそういう跡とか残るものだと思ってたけど、宮田くんの顔は形状記憶が施されているのか整ったままだ。

「...何ですか?」

じっと見ていたら宮田くんが眉間に皺を寄せて聞いてきた。

「ああ、ごめん。宮田くんってボクサーなの?」

聞いて見ると少し眉を上げる。

「ええ。何で知ってるんですか?」

「宮田くんって意外と有名人みたいだよ。雑誌の表紙に載ってた」

そう言うと「ああ...」と納得したように頷く。

「ビックリしたよ、本屋さんで宮田くんが表紙になってる雑誌を取ったらボクシングって書いてあるんだもん」

「まあ、態々言いふらすことでも無いので。ついでなのでさんも内緒にしておいてくれませんか?」

少し済まなさそうに宮田くんが言う。

「まあ、私としても態々言いふらすつもりもないから。でも、そっかー。やっぱりアレはこの宮田くんかー」

もう1回彼を見ると困ったように笑っている。

「そんなに印象が違いますか?」

「うん、違った。雑誌見たとき、宮田くんの生き別れの双子かと思った」

「同じ名前で?」

と言って宮田くんが笑う。

話が乗ると笑ったりするんだよね。

「宮田くんって人見知りするの?」

もしかしたら、無愛想の原因ってそれかなって思った。

「そうでもないと思います。昔から知らない人ばかりの所に居ましたから」

「それって、ジムとかってところ?」

「そうですね。ジムの中だと全然知らない人に声を掛けられますよ」

「ふうん」と返事をしておいた。

時計を見るとそろそろ品出しの時間。

奥へ行こうとしたら、

「ああ、俺が持ってきますよ」

と制された。

宮田一郎は紳士だと思う。

力仕事ってのを私がした記憶が無い。

他のシフトで一緒の男の人は平気で私に重いものを持たせて自分は楽をするってのも居るのに...


宮田くんが裏から商品を持ってきてくれて2人で商品を並べる。

宮田くんは「いいですよ」って言うけど、そうも行かない。というか、お客さんの来ないレジに立ってるだけって眠くなるんだよ...

宮田くんにそう言うと

「ああ、分かります」

と笑いながら同意された。

ボクサーとかってもっと特別というか、ちょっと違う人だと思っていた。

職業自体が特殊だし。

でも、宮田くんって全然普通。

最初はとっつきにくいところはあるけど、お互い慣れれば全然気にならない。

言葉数が少ないから怖いとかそう言う印象を受けるだろうけど。

実際、他のバイトの子とか実は宮田くんを怖がっている。勿体ないなって思う。

彼は寧ろ優しいのだ。

それを前面に出して自分は優しいんだぞーってアピールする人が居るけど、宮田くんはそういうのが全然無い。

寧ろ、気付きにくい控えめな優しさで接してくれる。

「そういえばさ」

思い出して宮田くんに声を掛ける。

「はい?」

「私が体調が悪くなったとき、宮田くん頑張ってくれたよね」

少し前。私はバイト中に凄く気分が悪くなって立ってられなくなった。宮田くんが同じシフトに入っていて、私の体調を気遣って休ませてくれて宮田くんはひとりで頑張ってくれたことがある。

しかも、帰りは送ってくれた。

「ああ、ありましたね。え、何でいきなりそんなことを?」

宮田くんのご尤もな疑問に

「や。宮田くんって実はもの凄く優しいよなーって思ったから」

と返した。

「別に、優しくなんかないですよ」

「ホントに?」

「本当です。俺が優しいのは、きっとさんだからですよ」

「アラ?私はトクベツですか??」

面白いなーって思って聞き返すと

「ええ。さんは俺にとってのトクベツです」

と何やら私の解釈とは違う言い方をされた気がする...

考えていると宮田くんが苦笑を漏らして

「今度、試合があるときには応援に来てくれますか?」

と言ってきた。

「全然ルール分かんないけど...」

そう言うと、

「大丈夫です。最後まで立ってた方が勝ちですから」

と分かり易く説明してくれた。

それだけ分かってればいいということか??

「それだけ?」

「ええ。それだけで十分です」

そう言った宮田くんの表情は何だか見たことの無いものだった。

さんが応援してくれたら、俺もっと強いと思いますよ」

宮田くんは闘う人の眼をしていた。

その宮田くんと目が合ったことにドキドキしたけど、さりげなく名前で呼ばれたことにも更に心臓の鼓動が早くなる。

目を逸らせずに居ると宮田くんの眼が優しく笑う。

「だから、見に来てくださいね」

そう言って彼は私に背を向けて品出しの続きを始めた。


もう、なんて言うか。私は彼に勝てそうにないなって何となく思ってしまう。

それでもいいかなと思わせるのは彼のさりげない控えめな優しさに触れているからだと勝手に思ってる。










桜風
07.5.1
07.6.1(再掲)



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