Special anniversary






実は今日は“記念日”というやつだ。

けど、それはわたしの中でのそれで。世界、いいや、そんなに大きくなくてもわたしの家族さえも関係のない記念日。

物凄くちっぽけで、それでもわたしにとっては凄く大きい。人生を変えたといっても過言ではない。

そんな記念日。


週に1度は向かうそのマンションの前で足を止めた。

「めずらし」

呟くわたしの声が耳に届いたのか彼が顔を上げた。

「ああ、。今日はちょっと早いな」

これからバイトなのか、それともジムか...バイトかな?

少なくとも、荷物がないもの。

「バイト?」

聞いてみると

「いいや。ちょっと、な。すぐに戻るから」

と意外な言葉を置いて一郎は背を向けてどこかへと向かっていった。

しかし、気のせいだろうか。どことなく、一郎はわたしと此処でばったり会ったのが気まずそうだった。

少し、ほんの少しだけ胸騒ぎを覚えたけど気のせいってことで。



キーケースからマンションの部屋の鍵を取り出す。

鍵を開けて家の中に入るとがらんとした空間が広がった。

元々物を置くのが好きではないらしい。

けど、それにしたって殺風景だといってわたしはいつも花を持ってきて花瓶に挿すようにしている。

最初は男の一人暮らしで花を飾っているその光景に抵抗感があったらしいけど、今はもう慣れたと諦めた表情を浮かべながら前に話していた。

今日の花束は少しだけ豪華なのだ。

毎年、今日はトクベツ。

一郎が気づいているかそうでないかは、問題ではない。わたしが、一人満足してやっていることだから。

今日は、何と!一郎に出会った日なのだ。

出会ったと言うか、わたしが勝手に見たと言うか...

一郎には一度だけこの話をした。話した後、ちょっと後悔したけど。

だって、付き合い始めた日、とかそういうのだったら覚えている人は少なくないけど、“出会った日”っていうのは逆に覚えていたら気持ち悪がられるんじゃないかって思う。

でも、わたしにとってトクベツな日だから、一郎の部屋にはどうやってでもスケジュールを調整して、トクベツな花束を持ってくる。

一郎が、試合前だったら彼の居ない時間を見計らって花束を飾って帰るだけにしている。

去年は確かそうだったな。

何か悪いことをしているような気になるくらいコソコソと花を飾って帰った記憶がある。



意外と一郎が帰ってこない。

どうしたんだろう。途中で事故にでも遭ったのかな?

迎えに行ったほうがいいのかな?

そんな事を思っていると玄関のドアノブが回る音がした。

「鍵掛けろっていつも言ってるだろう?」

「ただいま」の代わりに呆れたような一郎の声がキッチンに届く。

「おかえり」と言ってキッチンから顔を覗かせた。

「ほら」

そう言って渡してきたそれにわたしは呆然とした。

“それ”とは本当に何なのかよく分からない。けど、“プレゼント”と呼ばれてもおかしくないそんな見た目の代物だ。

「...何、これ」

思わず呟く。

一郎はふいと顔を背けた。

「聞き返すなよ」

そっけなく聞こえるその声とは裏腹に、彼の表情は恥ずかしげで。

じっと見ているとばつが悪そうにさらに顔を背ける。


「ねえ、宮田くん」

昔のように名前を呼ぶ。

それが意外だったらしく、一郎はこちらに顔を向けた。

「好きよ」

面食らったように目を丸くしたかと思うと見る見るうちに彼の顔が赤く染まっていく。

「いきなり言うなよ」

「じゃあ、どう言えば良かったの?」

意地悪く聞いてみると少し黙り込む。

ちょっと苛めすぎたかな、と思っていたら突然一郎がキスをしてくる。

今度はこちらが目を丸くする番。

「いきなり、しないでよ」

さっきの一郎の言葉を借りてみた。

「もう少し待ってくれてたら俺が言おうと思ったのに」

少し不満げに言う一郎に

「待ちきれなくて」

と返しておいた。

「せっかちだな、は」と一郎は肩を竦める。

「自分の気持ちに素直に生きてるからね」

わたしの言葉に一郎はまたしても肩を竦める。

「それは..確かにそうかもな」

苦笑しながらそう言って再び彼の顔が近づいてきた。

今度は、まあ。いきなりではないので良しとしよう。

「俺も好きだよ」

唇が触れる寸前彼はそんな言葉を紡いだ。

「わたしも」という言葉はきっと一郎の口の中で溶けていったに違いない。









桜風
08.5.1
08.5.18(再掲)


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