売り言葉と買い言葉





夕方に待ち合わせてご飯を食べに行くことになっていた。

しかし、時間になってもはやってこない。

腕時計で何度も時間を確認していると、約束の時間を30分過ぎた先ほど、やっと彼女から連絡があった。

携帯に表示される文字を見て宮田は安堵の息を吐く。

帰り際に上司に捕まって残業をしていたそうだ。

連絡をしなかったのは、連絡してる暇があったらとっとと仕事を済ませてしまいたかったから、と。

そして、今電話で連絡をしていないのは、電車に駆け込み乗車をしたからだと書いてある。

「ったく...」

『了解』と素っ気無い返事をして宮田はパチンと携帯を閉じた。

ずっとやきもきしていた。

電話もしたが、反応がなく、それが非常に不安だった。

時間が惜しいのは分かるが、それにしたって、数秒、『残業で遅くなる』という一言のために時間を割くことはできなかったのだろうか...


が乗った電車がそろそろ着くころだ、と駅の改札前に向かった。

駅から吐き出される人の中、宮田はを見つけた。彼女もまた、宮田を見つけて駆け出す。

途中、ぶつかった人に「ごめんなさい」と声をかけて彼女は宮田の前に立った。

「ごめんね」

「頭、凄いことになってるぞ」

そういいながら、宮田は彼女の髪を整える。

人ごみの中を駆けてきたのだ。

「あははー」

と笑っては慌てて自分の髪を整えた。

「じゃあ、行くか」

そう言って宮田がに向かって手を差し出す。

少し驚いたはそれでも素直に宮田の手を取った。ちょっと珍しいことなのだ。

茶々を入れると彼はムキになって手をポケットに突っ込んでしまうだろう。そんな勿体無いことは出来ない。

クスクスと笑うを宮田は不思議そうに見下ろした。

「どうしたんだよ」

「んー...」

そう言っては宮田の手をギュッと握った。

突然のの行為に宮田は柄にもなくドキッとしたが

「一郎くんが何か、素直と言うか優しいから珍しいなって」

と彼女が言ったことで、何故手を強く握られたかが分かった。

逃げないようにということのようだ。

仕方ないので宮田も彼女が痛くない程度に握り返す。

「いいだろう、たまには」

「たまには、ねぇ...」

ニヤニヤと自分を見上げるの額に宮田は腰を屈めて唇を落とす。

は足を止めた。

「どうしたんよ、

ニヤニヤと笑いながら宮田が言う。

「どうしちゃったの?!」

真顔で問われると気恥ずかしさが押し寄せてくる。

プイと視線を外した宮田の手をが引く。

「結婚しようか」

「そうだな」

お互い顔を見合わせてそして、お互いがお互いのと自分の、両方の言葉に絶句した。

冗談ではなくて本気で口にした。

が、宮田はおそらく驚いて「ちょっと待て」とかそんな感じに取り乱すと思っていた。

しかし、返ってきた言葉は肯定するもので、この先の展開は考えていなかったのだ。

「えーと、一郎くん?」

「...なんだよ」

「何で考えずに肯定?」

こそ、何で突然」

お互い、そう言い合って、やがてそれぞれが苦笑する。

「えーと...」

「次の休みっていつ?」

宮田が言う。

「え?そんな早々に」

「善は急げって言うし。下手したら、逃げそうだし」

既に及び腰ではある。

「悪いけど、逃がさないぜ」

宮田がにやりと笑う。

は「はははー」と笑って視線を彷徨わせた。

「ほら、もういい大人なんだから自分の言動に責任持とうぜ」

そう言った宮田は、挑発的な言葉とは似つかわしくない穏やかな表情をしていた。









桜風
12.5.1


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