縁は異なもの 5





『先生』からの指導を受けてその日の稽古は終了した。

片づけを行っていると先輩が声をかけてくる。

「今日、木村と何話してたの?」

「えーと、関西弁について?」

「最近よく出てくるよね、

指摘されて苦笑した。そして、木村に話した程度の過去を話す。

「ああ、そうなんだ。この間大阪に行ったとき、何か慣れてた、って先生驚いてたけど。なるほど、そういうこと」

クスクスと笑った。

先生は本当に驚いたように弟子たちに話したのだ。

何より、関西弁の流暢なことに驚いたとか。

元々、先生はの母親にも昔稽古をつけていたからのことを孫のように思っている節があり、だからこそちょっと厳しいところもある。

気の毒に、と思うが少々羨ましかったり。

でも、そのお陰では買わなくても良い反感を買ったりしている。

先生は気づいているのだろうか。

まあ、自分が気にしても仕方ないが...

そう思ってに声をかけた先輩は先にあがる旨を話してその場から去った。


帰り道、は自分の指先を見た。

ああ、クリーム塗らないと...

今の時期はさほど空気が乾燥しているわけではないが、こうして水を触っていると手は荒れる。

そういえば、手紙は届いただろうか...

帰ってすぐは忙しくて中々出せなかったのだが、時間を見つけて手紙をパパッと書いて送った。

時候の挨拶を入れたし、変になれなれしい感じにならないように気をつけたから失礼なことはなかっただろうと思う。

住宅街は夜になるとちょっと寂しいなと思う。

お店とかそんなにないから出来るだけ明るい道を歩くようにしているが、それでもちょっと怖いと思う。

「ただいまー」と玄関のドアを開けた。

「お帰り」とたまたま玄関に居た父が返事をした。

「お父さん。下着姿でうろうろしないでって言ってるでしょ?」

「う、うん。すまん」そう言ってそそくさとリビングに入っていく。

「まったく...」と呟いては自室に戻る。

服を着替えて先ほどまで着ていた着物を畳み直す。

母のお下がりがたくさんあるので衣装持ちではあるが、その維持と言うか管理が大変だ。


最初はこれを着る気は皆無だった。

だが、大阪からこちらに引っ越してきて。そして高校を卒業して。

大学に入ってからサークルに入るかと悩んだ挙句に入りたいと思うものはなく、バイトをしようと思ったが親が何故か大反対。

では、暇になってしまった放課後という時間をどうしろと言うのか、と思ったときに母が徐に、寧ろいそいそとそれらを出してきた。

引越しのとき、荷造りを手伝ったつもりなのに、と思ったがこれらはこちらの祖母の家に預かってもらっていたものだったそうだ。

そして、もう此処に根を下ろすと決めたのでそちから持って帰った、と。

しかし、残念なことに着物も柄によっては着られる年代がある。

母が実家から引き取ってきた着物は、若い娘さんが着るものだという。

それらの着物を広げながら熱く語る母に、何かしらの陰謀めいたものを感じたがその着物の柄の美しさに目を奪われあれよあれよ言ううちに習い事をすることになった。

昔、母は華道を習っていたらしい。

そのときの先生が今、の通っている大学の近くで教室をやっているという。

まあ、自分の国の文化を身に着けるのも悪くないと思って承諾したが、何とその先生はとてもスパルタだった。

自分その教室に入ってそろそろ1年だが、弟妹弟子ができても、いつの間にかまた自分がいちばんの下っ端になっている。

数ヶ月でやめてしまうのだ。

まあ、確かにスパルタだが、そのお陰もあって何となく自分の中に『日本文化の侘び寂び』なる感覚がしみこんできているような気もしてきている。

まあ、社会人になったらこんなにみっちりと通えないだろうし、学生である今のうちに身に着けられるものは身に着けておこうとポジティブに考えることにした。

...時々泣きたくなるけど。


服を着替えてリビングに向かう。

リビングのドアの傍のサイドボードの上には家に届けられた郵便物を置いておく箱がある。

各自が毎日その箱の中身を確認して自分のものがあったら回収するというのが家のルールだ。

もいつものように確認するとまあ、汚い字..というか懐かしい味のある字で自分の名前が書いてある郵便物を見つけた。

裏を見ると思ったとおりの千堂だ。

よかった、ちゃんと届いたんだ...

胸をなでおろしてその手紙はポケットに入れた。

ふと、食卓に目を向けるとちゃんとパジャマを着た父が晩酌をしている。

も飲むか?」

「ちょっとだけなら付き合ってあげましょう」

そう返した娘に上機嫌で父はコップを差し出した。









桜風
10.5.29


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