花、一輪 2





いつかチャンピオンになったときのために、まだ実現できていないこの状況が虚しく思えるが、そんな状況に備えて設えたスーツを着て会場へと向かった。

初めて袖を通すのが友人の結婚披露宴か、と少し寂しくなったが、それでもめでたい席に着ることが出来たのだから、と心の中で自分を慰める。


向かった先はホテルだ。そんなに大きいものではないし、特に有名だと言うホテルでもない。

まあ、特に金をかけて物凄く有名なホテルで披露宴をすることはないと思う。だが、驚いたのは本当に披露宴だけのようで、しかも親族や会社のお偉いさんのような人たちは居なかった。

受付に座っていた人たちを自分は知らない。もしかしたら彼らの職場の同期なのかもしれない。

しかし、もう『結婚』か...


高校を辞めてプロボクサーになった自分は比較的早くに『社会人』というものになった。

大抵の人は高校卒業してからか大学卒業してからだろう。

だから、23で結婚というのには結構驚いた。


披露宴会場に入ると立食パーティ形式だと言うことを知る。

「よお。遅かったな」

そう声を掛けてきたのは青木で、その隣にはトミ子が居た。

「おい、いいのかよ」

たぶん招待されたのは青木だけのはずだ。神谷がトミ子の存在を知っているはずがない。

「あ?招待状に書いてあっただろう?立食パーティーだからパートナーを連れてきてもいいって。はっはーん、お前のには書いてなかったかもなぁ。パートナーがいねぇから!」

物凄く優越の笑みを浮かべて青木がそう言った

ムカついた木村も言い返し、いつものようにくだらない喧嘩が始まり、傍に居たトミ子は慣れっこなので「仕方ないわね」といった表情を浮かべていた。

2人が口喧嘩をしていても結局それはじゃれているだけなので、よっぽどのことがなければほほえましい光景として見守るようにしているのだ。

ふと、自分たちの姿をじっと見る視線を感じてそちらを見る。

まだ子供、中学生か高校生の少女がこちらを見ていた。

トミ子がにこりと微笑むと彼女はフイっとそっぽを向いてその場から離れていく。

子供には好かれる自信が結構あったのになぁ、と少しがっかりしながらもそろそろ2人の喧嘩でも止めるかと気持ちを切り替えて声を掛けた。


『披露宴』と銘打っていはいたが、そんな大仰なものではなく、本当に立食パーティ、同窓会の大きなバージョンと言った感じのものになった。

新郎新婦が出てきて挨拶をして、ブーケトスをして。

あとは、自由に歓談してくださいという流れで少し拍子抜けだ。

結婚披露宴といえば隠し芸がお約束だろうと思っていたので楽しみにしていた。突然自分に振られても大丈夫なようにいくつか仕込みをしてきたと言うのに...

ちなみに、ブーケはトミ子が手にした。

彼女の喜びようは周囲が少々引いてしまうくらいのものだったが、新婦である『委員長』はトミ子が心から喜んでいたようなので彼女自身もとても嬉しそうだった。


しっかし...

木村はこの会場の中で唯一の未成年と思われる少女が気になった。

誤解しないでもらいたいが、別に年下に興味があるとかそういうのではなく...

誰も聞いていないのに何となくそんな言い訳じみたことを考えながらまた会場内にいる少女を見つけた。

彼女は新郎新婦と一定の距離を保っている。

しかし、絶対に彼女たちを見ている。

「よお」と声を掛けられて振り返った。

声を掛けてきたのは本日の主役の2人だ。

「よお、招待してくれてありがとうな。式は別の日にでも挙げたのか?」

親族が多いと親族だけで式を挙げて披露宴を行い、別の日に友人にお披露目と言った形で簡易な披露宴を行うこともあると聞いたことがある。

木村の問いに神谷もも顔を見合わせて苦笑した。

「式は、挙げてないな...」

言いにくそうに神谷が言う。

「...何でまた」

何か事情があるは察した。だが、ここで話をきるのも何だか不自然だと思ったのだ。変に気を使うと逆に失礼だ。

「ウチって、厳しい家なのよ」

が言う。

「まあ...何となく中坊んときのを思ったら想像できるけど」

先日見たアルバムの写真を思い出しながらそう言った。

目の前の彼女は当時の面影を探してやっと見つけることが出来るくらいに変わっている。

「平たく言えば、反対されてんだよ」

苦笑しながら神谷が言った。

彼が言うには自分の家はそう言うのに一切口出ししないから別に問題ないが、彼女の家が問題だったそうだ。

「気長に説得していこうとか思わなかったのか?」

これもドラマなどで良くある話だと思って、ありふれたストーリーを口にした。

すると、彼女たちも別のありふれたストーリーを口にしたのだ。

「や、時間ないってか..子供居るから」

何となく納得した。厳しい家だからデキ婚ってのは許せないとか何とかって話になったのかもしれない。もっと言うと、子供を産むことは許さないとか...

さすがに子供に「じいちゃんたちを説得するから成長を待ってくれ」なんて言えるはずもなく、子供が生まれてからだと披露宴はまずムリだろう。子育てと言うのはそれほどに大変だったと時々母親が零している。

「だから、親族抜きの披露宴ってワケか...」

納得して、ふとまた視界に少女が映りそちらに目を向ける。

「じゃあ、あの子は?」

木村の言葉を受けて神谷たちは木村の視線を辿る。その先に居た少女を目にして「ああ」とが頷いた。

「妹。っていうの。、ちょっとこっちおいで」

そう言ってが手招きをした。しぶしぶ、と言った感じで彼女は近づいてくる。

よく見れば彼女の着ている服は有名進学高校のものだ。しかも、女子高。

、こちらは木村君。中学のときのクラスメイト」

「こんにちは、ちゃん。今、高校生なんだな」

にこりと微笑んで木村は声を掛けた。しかし、は木村を値踏みするような表情を浮かべて頭のてっぺんからつま先までじっと眺めて「どーも」と返して「もういい?」と姉に声をかけて背を向けていった。

こめかみに青筋を立てながら笑顔のまま木村の表情は固まっている。

「ごめんね、木村君」

「誰の、何が厳しいって?」

思わず木村が聞くと

「えーと。反抗期なの」

と申し訳なさそうにはそう言って木村に改めて謝罪した。

まあ、自分にもそんな時期があったと思ってとりあえず気持ちを静める。

振り返るとまたは姉を見ていた。

少しだけ恨めしそうに、何かと葛藤するような表情で。

一生懸命虚勢を張っている印象を受けるその泣き出しそうな顔が何だかとても気になった。









桜風
09.6.13


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