| 花、一輪 4 |
| 神谷との結婚披露パーティもそろそろお開きという時間になった。 昼間のパーティだからこれが終わって家に帰って練習に行くことができる。 ふと、すぐにそう思った自分のボクシングバカぶりに苦笑が漏れた。 「何一人で笑ってんだよ」 青木に見咎められてそう言われる。 「うっせーよ」 答えてもいいが、何だか気恥ずかしくてそう返した。 ふと、目に留まったのはトミ子の手にある2つのブーケ。 ひとつは壮絶なバトルを制して手にしたの投げたブーケ。あのときの女性陣の目は怖かった。 そして、もうひとつ。テーブルの上に飾ってあった花もまた小さなブーケにまとめられて女性陣に配られたようだ。 「悪い、1本貰うぞ」 返事を聞かずにそのブーケの中にあった花を1輪抜いた。 ウェディングブーケから花を抜かれたわけではないのでトミ子は特に気にしないようだ。トミ子の隣の青木は「花屋が花盗むなよ」と揶揄する。 「うっせぇ」と返して先ほど感じの悪い挨拶をしたの妹の元へと足を向けた。 「妹がそんなにむくれてたら、姉ちゃんも喜び半減だぜ?」 そう言ってトミ子のブーケから抜いた1輪の花を髪に挿した。 意外とよく似合うな、と思いながらポンポンとの頭に手を載せて「じゃあな」と声を掛けて会場を後にする。 既に会場の外で招待客を見送る準備をしていた神谷とは木村のこの行動は後になって知ることになった。 パーティが終わってが帰る準備をしていると部屋をノックされた。着替えのために用意されただけの部屋だ。 「はぁい?」 誰だろう、と思って返事をすると「あたし」と妹の声がした。 もう帰ったのだとばかり思っていた。 「どうぞ、開いてるわ」 ずっと不機嫌で仏頂面だった妹はやはり不機嫌そうな表情を浮かべている。 ただ、自分が記憶している数時間前の彼女と少し何かが違った。 そして、違っている『何か』はすぐに分かった。 「どうしたの、それ」 そう言っての髪に挿してある花を指差した。 薄紅色のチューリップ。確か、各テーブルに飾ってあった花の中にあったなと思いだす。 「も貰ったの?」 女性陣に配られたブーケ。 は首を振った。 まあ、そうだな。ブーケを貰ったら態々髪に挿すなんて事をしないだろう。 じゃあ、どうしたのだろう... は髪からチューリップを抜いて姉に差し出した。 「おめでとう」 ポツリと呟いたその言葉は、の口から聞けないと思っていたものだ。 「あり..がとう」 花を受け取りながらそう返した。 自分が家を出たら両親の圧力は妹に集中する。 今までは自分と言う存在があった。姉という壁。もう一人居るということから絞り込めないターゲット。 しかし、自分が家を出てからもうそれなりに経つが、段々の表情がなくなっていくのが目に見えて、とても辛かった。 「ごめんね、」 「...今までお姉ちゃんが我慢してくれたから」 その言葉でまた泣きそうになる。 「でも、あたしはお姉ちゃんみたいに『いい子』にはなれないと思う」 それこそ、『いい子』で居た年数が違う。培ってきた忍耐力は姉には及ばない。 両親もそこのところは理解してもいいだろうに... 他人、というには冷たいだろうが、結局他人には自分のことをわかってもらうなんて無理な話だ。 は最近やっとその考えに落ち着いた。 「あなたに、偉そうなことはいえないけど。したいことをすればいいと思うわ」 「お姉ちゃんみたいに?」 つい口に出た。素直に、そう思った。 しかし、姉には妹を辛い目に合わせているという後ろめたさがあるようで悲しげに睫毛を伏せた。 姉にそんな顔をさせたくて此処に来たわけではないのに... も表情を曇らせて俯いたまま部屋の入り口に佇んだ。 夏が来た。 月日と言うのは放っておいても廻るのだから、本当に無常だ。 そして、学生たちは夏休みというすばらしい期間に突入したようだ。 ああ、夏休み。オレも欲しいな... そんなことを思いながら真っ黒に日焼けしている小学生をロードワーク中によく目にする。 そんなある日の朝早く。 夏休みの子供たちが近くの公園でラジオ体操を終わらせて帰宅している。 すぅ、吐息を吸った。少し溜めてお腹に力を入れる。 「たのもー!」 すがすがしい夏の朝。 近所迷惑な声が商店街に響き、木村にとっても結構迷惑な日々が始まった。 |
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