花、一輪 8





ちゃん、ちょい来て」

そう言って2階に上がる。

はしぶしぶ木村についていった。

「入って」と木村が自分の部屋に入るように促す。はドアの前から中々動かなかったしかし、木村が妥協をしてくれそうにないので仕方なく促されたとおりに部屋に入った。

は部屋の中の水槽に興味を示す。見たことのない魚だ。

ちゃん」

少し硬い声で木村が名を呼んだ。

「...なに」

憮然と返す。

かわいくねぇなー、と思いながらも自分を強く見せたがっている虚勢だということは分かるからやっぱり可愛いのかも、と考えを改める。

「さっき、ちゃんの姉ちゃんと義兄ちゃんに会ってきた」

「...帰れって?」

「姉ちゃんが、1週間だけだからお願いって手を合わせたよ」

は驚いたらしく目を丸くしてじっと木村を見た。嘘をついているのではないかと疑われているようだ。

木村は苦笑し、

「だから、1週間預かるってことになった。ただ、ウチの親父とお袋には事情を話すぞ。あと、ちゃんちがごたごたしたら帰すってとも話をしてる。ちゃんもそのつもりで。ああ、オレ、高校は中退してるから勉強なんて教えらんねぇぞ」

先ほど神谷の家で話した内容と現状を説明する。

まさか受け入れてもらえるとは思っていなかったらしいはぽかんと口をあけて木村を見上げていた。

やがて、言葉が理解できるようになったのか口元が綻んできてコクリと頷いた。

「別に、あんたに勉強を見てもらわないといけないくらい壊滅的な成績じゃないもん」

はそんな捨て台詞を吐いて木村の部屋を後にした。

うっわー、可愛くない...

勢いよくドアを閉められたことも更にそう思わせる要因となったのは言うまでもない。

「1週間、ねぇ」

それだけで何かを決めることが出来るのだろうか。それとも、『自由な』時間をせめてそれだけでも与えてほしいと言うことだろうか。

後者だったら、それはそれで気の毒な話だなと他人事のように思う。実際、他人事だ。


店を開ける前に両親にはの話をしておいた。

両親はそれぞれ困ったような表情を浮かべた。確かに、家出少女を匿うなんて常識では考えられない。しかも、縁もゆかりもない子だ。親戚筋とかそういうのだったら、まあ、無きにしも非ずと言う事態だったかもしれないが...

しかし、両親はすぐに彼女を家に帰せとは言わなかった。

この家に来て数時間だが、の表情を見ていた両親はそれも必要なのかもしれないと思ったのかもしれない。



夕方になり、木村は店番を抜けた。

「どこ行くの?」

が興味を持ったようだ。

「ジム」

木村は短く返してそのまま家を出て行った。

木村の背を見送っていると

ちゃんは知らなかったのかい?あの子、ボクサーなんだよ」

苦笑しながら木村の父が声を掛けてきた。

母は夕飯の買い物に出ているから、店番は父がすることになる。

「ボクサーって、簡単になれるんですか?」

の素朴な疑問を受けて木村の父は少し悩み、

「簡単かどうかは、ちょっとおじさんには分からないな。ただ、あの子を変えてくれたのは、ボクシングだよ」

目を細めて昔を懐かしむように言う木村の父の言葉には興味を覚えた。

誰かを変えてしまう『何か』というものはいったい何なんだろう。

「こっちに居られるうちに、1回くらい達也にジムに連れて行ってもらったらどうかな?こういう機会は滅多にないからね」

娘を持ったことがないからどう接して良いかとか距離感が分からないと思っていたが、がとりたい距離は何となく分かったのでそれ以上踏み込むことをしなければ大丈夫と察した木村の父はそれだけに気をつけてと付き合うことにした。

接客業をしているからある程度人とのコミュニケーションは得意な方だ。

「ああ、ちゃん」

余計なお世話だと言われるだろうか...

少しそんなことを思いながら木村の父が声を掛けた。

「何ですか?」

首を傾げて木村の父の言葉を待つ。

「宿題は、済ませたのかい?」

はきょとんとして、そして「今日の分はまだです」と小さな声で答える。

「じゃあ、夕飯までに済ませられるものなら済ませておきなさい。後に延ばすとやりたくなくなるんじゃないかい?」

木村の父の言葉にコクリと頷いて店先に居たは住居のほうへと下がった。

彼女が素直に聞いてくれて、彼は正直ほっと胸を撫で下ろした。やはり、他人でも女の子に嫌われるのはなるべく避けたいから。










桜風
09.8.8


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