花、一輪 11





夜中、目が覚めて階下に降りた。

居間から明かりが漏れている。

首を傾げながら中をそろりと覗き込むとがちゃぶ台に向かっていた。

がらりとドアを開けると驚いたようにが振り返った。

「遅くまで頑張るな」

木村が声を掛けると「宿題、死ぬほど出してんの。ウチの学校」とうんざりした顔で彼女が言う。

なるほど。進学しなくても、宿題は済ませないと下手すれば留年とかそういう脅しが入るのかもしれない。

「何で、まだ起きてんの?」

室内の壁掛け時計を見上げた。時刻はもう2時だ。木村は朝が早いらしいからもっと早く寝るんだと思っていた。

「腹減ったからなー。ちゃんは何で居間で勉強してんの?」

ちゃぶ台を挟んで向かいに木村は腰を下ろす。

手に持っていた鉛筆を置いては伸びをした。

「扇風機があるから。おじさんもおばさんもここで勉強しても良いよって」

ああ、そうか。あの部屋は物置だからクーラーはついていなければ、扇風機も置いていない。

ここの扇風機を持って上がっても良いが、また持って降りるのが面倒だ。

なるほどな、と木村は納得した。

ちゃん、夜食食べる?オレ、ちょい腹減ったからなんか食おうと思って降りてきたんだけど...」

少し考えたは「何作るの?」と返した。

「さあ?あるものを使って何か。たぶん、野菜炒めかな?うどんがあればそっちにすると思うけど」

「食べる」とが返し、「オッケー」と木村は立ち上がった。

ガチャリと冷蔵庫を開ける音がしてやがて軽快な包丁の音がしてくる。野菜を切っているのか?

じゃあ、夜食は野菜炒めか。

そう思いながらまた宿題を片付けるため、参考書に目を落とした。


「ちょい、休憩な」

そう言いながら木村が戻ってきた。

思ったとおり野菜炒めだ。

「明日朝飯食えなくなったらまずいだろうから、少なめにしたぞ」

そう言っての目の前に皿を置き、冷蔵庫から持ってきた麦茶を注いでくれる。

木村も自身のコップに麦茶をついで野菜炒めを口に運んだ。

「いただきます」と手を合わせても野菜炒めを口にする。

意外なことに結構美味しい。

「うまいだろう?」

ニッと笑って木村言う。

「まあまあ、かな?」

素直じゃないな、と苦笑する木村を軽く睨んではそのまま野菜炒めを黙々と口に運んだ。

「なあ。ここ、間違ってんぞ」

開いたままにしていたノートの1箇所を木村が箸で指摘する。

「え?」

自分の答えと正解解答がどうしても合わなくて、しかもその原因が分からずに困っていた箇所だ。

「ほら、足し算」

「...あ」

は慌てて箸を置き、計算をやり直す。

出来た...

やっと正解にたどり着き、脱力した。

そして、木村を見上げる。

「木村さん、は...」

の声に木村は箸を止めて彼女に視線を向ける。

「何でそんなに何でも出来るの?何で、高校中退したの?頭はそう悪くなさそうだし、結構器用そうだから、うまく渡れたんじゃないかな、って思う」

「まあ、よく器用だって言われるな。オレ的には器用貧乏って気もするけど...
高校辞めた理由、ねぇ。つまんなかったから、かな?まあ、出てた方がいいとは思うけどなー、今となったら。
一応、オレはこうして実家が店をしてるから就職がどうこうって話にはならないだろうけど。『学生』でいられるのは本当に短い間だし、その間くらいしか許されないんこともたくさんあるんじゃないかな?たいていの場合は、だけど」

は俯いてじっとしている。

どうしたら良いのかなー。話はこれでおしまいかなー...

「お姉ちゃんって、どんな子だった?」

どうやらおしまいではなかったようだ。

?中学んときしか知らないけど...漫画で出てくるだろう、『委員長』って。まさにそんな感じ。四角四面、杓子定規。ルールが絶対。教師受けする超真面目人間..ってイメージだったな。将来神谷と結婚したり、妹を同級生に簡単に預けたりするようなことは全く連想できないくらいの..まあ、カタブツだったよ」

苦笑して木村は答える。

「お姉ちゃん、物凄く無理してたんだと思う」

「...かもな。今のは、結構楽しそうだ」

同意する木村に安心したのか、は俯いて優しく微笑んだ。

家では姉のことを酷く言う両親に親戚などの大人たちの言葉がとても痛かった。皆は口をそろえて絶対にあんな失敗をするなという。

姉のあの行動は失敗などではない。彼女は彼女の中の『正解』を選んだ。

自分も選びたい。今の自分の正解を。

将来、それが『失敗』となるかもしれない。でも、少なくとも何もしなかったことの後悔はない。

木村を見る。きっとこの人も自分の中の正解を選ぶことが出来た人なのだろう。

「ん?」

の視線に気づいた木村は何か話があるなら聞くぞ、と視線を返した。

「なんでもない」

「そっか。さて、と。10秒以内に食い終わったらついでだからちゃんの食器も洗うぞ。いち、にい...」

木村の言葉に慌てて野菜を口の中に入れていく。

「ごちそうさまでした!」

エイトカウントのところで野菜は皿から消えた。

「へいへい。おそまつさまでした」

そう返しての皿を受け取り、木村は台所へと向かった。









桜風
09.9.5


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