風花 6





4枚目の写真を貰った。

「あと3枚。儀式の呪文、考えておくね」

「それって、さんが唱えるんだよな」

宮田が返すと「えー、呼び出す人が唱えるに決まってるじゃない」と返され、彼はこれ見よがしな溜息を吐いた。



翌冬、は中々姿を見せなかった。

どうしたのだろうと、少し落ち着かない日々を送っていたが、彼女はひょっこり姿を現した。

「今回は遅かったな」

宮田が言うと

「今回の冬が早すぎたのよ。ビックリして準備が間に合わなかったの」

が不満そうに言う。

「渡り鳥なんだから、ちゃんと空気読めよ」

「それを言うなら、『天候を読め』にしてよね。あー、もう、ビックリしたわ」

確かに、今年は11月の頭から寒い日が続いたし初雪も例年よりも早いと天気予報で言っていた。つまり、今年は冬の訪れが早かったのだ。

彼女はこちらに来る日を決めているわけではないようで、冬の足音が聞こえてきたら姿を現す。勿論、春が来るから、と居なくなるときも日が決まっていない。

どういう基準で来ているのだろうか。

まあ、聞いても「てきとー」と返されるのがオチだろう。

今冬は特に試合もないし、宮田は冬のロードワークコースを走り、公園で小休憩をしてロードワークを再開するするという練習メニューを繰り返した。

昔の誼でスパーの相手をしたり、と少しいつもと違う練習メニューも入ったが、夕方のロードワークの時間だけは変えなかった。

も、たまに公園に姿を見せない日があったが、大抵はボーっとしていたり、カメラを構えてまた川に落ちそうになっていたりと変わらない日々だった。


チラチラと雪が降ってくると宮田は決まって遠くの山を見るようになってしまった。

彼女から聞いた『風花』という言葉が真っ先に浮かぶようになってしまったのだ。

家に帰れば、4年間掛けて集めた、という集めさせられた写真が目に入る。

サイドボードの引き出しに入れていたが、引き出しを開けるたびに目に入り、気になったのでフォトフレームを買って、サイドボードの上に飾っている。

あと3枚は置けるスペースもある。

彼女の写真は、一人暮らしの、無機質な部屋にある数少ない彩りだ。

気に入ったのを選ぶようにと言われて選んだのに、当時は凄く良いと思った写真が今はそうでもないと思うことがある。

良いものは良いが、選んだときの強い印象は薄まっている。

たびたび目にしているからか、それとも自分の何かが変わったのだろうか...

彼女に話したら、何かしらの言葉がありそうだが、漏れなくからかいの言葉もついてきそうなので、宮田は話していない。


春の足音が聞こえてきた。

そろそろ彼女はこの地を去るのだろう。

それで良かったと思うと同時に、少し残念にも思う。特に、今年は。

朝早く、まだ陽が昇りきっていないロードワークコースを走りながらそんなことを考えていた。

その日の夕方、宮田は公園に向かう。

の姿がない。

まだ彼女にとって、冬は終わらないのだろうか。

そう思って公園を出ると

「待ってー!」

の声が聞こえて足を止めた。

少し大きなものを脇に抱えた彼女は走っているのだろうが、体力がないのか、スピードがまったく出ていない。

自分から向かった方が早い、と宮田は彼女に向かって軽く駆けた。

「今日は撮らないだな」

「もう春だから」

彼女が言う。

そうか、居なくなるのかと思った。

「で、これ。まずはアルバム。えーと。5枚目?」

「だな。あと2枚だ」

宮田は頷いてアルバムを捲る。

「これが良い」

そう言って1枚抜いた。

は宮田の手元を覗き込んで「なるほどねー」と呟く。

「ねえ、宮田くん」

「ん?」

これは良い、と貰った写真を眺めていると声を掛けられた。

「最初にあげた写真、今はそんなにいいものに思えないことない?」

そう指摘されて言葉に詰まった。

「変化をすれば、感性も変わってくるのは当然でしょう。5年前の宮田くんと、今の宮田くんは別の人。成長か退化は..敢えて言わないけど。宮田くん、どんどん変わってきてるから。来年、それを見たら手に取ってなかったかもね」

が言う。

そういえば、以前写真を選んだときに彼女は「何か変わった?」と聞いたことがある。

「もちろん、わたしも変わってるはず。わたしは、心が動かないとシャッターが切れないから、てき面に現れてるかもね」

そう言って彼女は笑った。

「あと、これ。これは7枚のうちに入らないからね」

彼女は脇に抱えていた大きな荷物、ボードのようなものを渡してきた。

風呂敷に包まれているので中身は見えない。

「何?」

「貰ってくれると嬉しいかな」

彼女はこの中身を言うつもりはないらしい。

「わかった。開けていいか?」

「ここで?いやぁ、此処ではちょっと...」

「俺が貰ったものだし、俺が見たいときに見てもいいよな、普通」

そう言って宮田はその場で風呂敷の包みを解いた。

「ちょっ!」

が止めたが宮田はすでにそれを目にしたあとだった。

「なに、これ...」

「今冬最高傑作。ホントはさ、自分の感性を押し付けるのは好きじゃないんだけど」

観念したように苦笑して彼女が言う。

朝のまだ陽が昇らない薄暗い中、川を挟んで向こう岸を誰かが走っている写真をパネルにしたものだ。

写真の中の走っている人は薄暗いこともあってよくわからない。わからないが、もしかしたら...

「宮田くんかなって」

が呟く。

自分もそう思った。自分の走っている姿なんて見たことがないけど、何となくそうじゃないかと思った。

「朝方に目が覚めて、眠れなくて散歩してたらその姿が目に入って。わたしの心が動いたから思わずシャッター切っちゃった」

照れくさそうに彼女が笑った。

「それを持って走るの邪魔かなって思ったけど。家を知らないから送れないし、だったら、今日渡すしかないなって。ごめん、邪魔だったら返してくれて構わないよ」

の言葉に宮田は首を振る。

「貰えるんだったら、貰っとくよ。ありがとう」

「ありがと」

はホッとしたように微笑んだ。

「じゃあ、またね」

が言う。

「ああ、また。次は遅刻するなよ」

宮田が言うと

「天気に言って」

と空を指差しながらが返す。


彼女がいなくなって数日後、日課のロードワークをしていると空から雪が舞ってきた。

足を止めて見上げた先は青い空で、この雪は風花だとわかる。

掌に雪を受け止めた宮田は苦笑を漏らした。

「まだ冬かもしれないぜ、さん」

雪が降っているのだから、冬でもいいではないか。

次に渡り鳥がやってきたらその辺を聞いてみよう。

「わたしがいなくなるのがそんなに寂しい?」と彼女は言うかもしれない。

だったら、「そうかもな」と返すとどんな反応をするだろう。

きっと、一瞬怯んで「可愛い事言うじゃない」と笑う姿が目に浮かぶ。

苦笑を漏らした宮田は再び走り出した。









桜風
12.4.14


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