| 「引越し!?」 が屋上にというから上がってみたら結構寒かった。 「寒...!」とが呟き「何で屋上だよ」と宮田が呆れたように呟いた。 そして、屋上に上がってすぐにが口にしたのが引越しと言う事実だった。 「どういうことだ?」 「もうさ。私、コータを見くびってたかも」 そう言っては空を見上げた。 宮田が話を促す。 「コータね。お父さんに会って、お母さんとも話して。取り敢えず両親が久しぶりに顔を合わせるとことまで話を持っていったんだよね。そして、顔を合わせて話をしているとそれはもう笑って喜んで泣いて訴えて。結局両親が折れたというか、ひとまず再婚しようとかって話にもって行ったの。もの凄く演技派だわ。将来コータって俳優出てきたらたぶん、ウチのコータだから」 の話を聞いていた宮田もぽかんとする。 「は?え、どういう...」 「だから、取り敢えずまたやり直して。またダメだったら今度こそ諦めようとかそういう話になったの。離婚の原因がどちらかの浮気ではなかったのが幸いしたというか何と言うか...」 少し言いにくそうにが続けた。 「えーと、じゃあ。学校は?」 宮田が聞くと 「また編入試験を受けないといけなくなったんだよね」 と苦笑した。 「転校、するのか?」 それは流石に意外に思った。 高校生で独り暮らしをする人は多くはないが、ゼロじゃない。 1度編入試験を受けて転入したのに、また別の学校に行くなんて... 「うん、する。だって、コータは4人で暮らしたいんだもん。だから、私が独りこっちに残ったらあの子の熱演の意味がなくなるでしょ?」 「そう..か」 素直に寂しいと思う自分に多少困惑した。 「ねえ、宮田君。宮田君ってボクシングしてるんだって?」 突然話題転換された上にその話題が彼女に話したことのないそれだったので驚いた。 「何で知ってるんだ?」 「木村さん..だっけ?ほら、林檎を拾ってくれた」 彼女の指している出来事を思い出して頷いた。 「この間、家から少し離れたところにある商店街に行ったら、お花屋さんの前で木村さんを見かけて。挨拶をしたら『卵の』っていう不本意な枕詞をつけられたけど覚えられてて。で、話をしてたら宮田君の正体を知ったってワケ」 「『正体』って..別に隠してたわけじゃないぜ?」 宮田が誤解を解こうとそういうと 「うん、聞かなかっただけだもんね。ボクシングもスポーツだし。プロなの?木村さんは、プロだって言ってたけど」 「俺はまだ。年齢制限があるから。俺よりキャリアの短い人のほうが先にプロって少し納得いかない気もするんだけどな」 宮田の言葉には「へぇ」と感心したように頷く。 「引越しは、いつ?」 「11月中に。今は家を探してるところ。両親とも仕事を持ってるからさ、その職場の真ん中あたりでって。今の家は、知り合いの不動産屋さんの紹介だったから引き払うのも何とかしてくれるんだ」 「...本当に急だな」 「この学校は2学期まで。まあ、編入試験を受けるのに休んだりはすると思うけど」 はそう言って肩を竦めた。 「親に振り回されて大変だな」と宮田が言うと「それが子供の仕事でしょ。こっちが大人になったら振り回されることはないだろうから」とが笑いながら言う。 「そうか。でも、今学期までならまだ話をするのが早くないか?」 宮田の言葉にはニッと笑った。 「思い立ったが吉日!てか、この学校で出来た友達って宮田君しかないし。それこそ、11月に入ったら忙しくて大変だろうから今のうちに言っておこうと思って」 の言葉に何となく納得した宮田は「なるほどね」と返した。 2学期最後の日、宮田とは握手を交わして別れを告げた。 「宮田君がチャンピオンになったらひょっこり現れるかも。タイトルって沢山あるんでしょ?」 が笑いながら言う。 「まあ、ね。期待しないで待ってるよ」 宮田はそう言って笑った。 その数年後。 OPBFタイトルマッチで宮田は勝利を収めた。チャンピオンになった。 体を休めて再びロードワーク等の練習を再開したある日、ふと珍しく昔の事を思い出す。 3ヶ月程度しか机を並べなかった少女の言葉だ。 「チャンピオン、ね...」 今、自分はそれになった。 本当に彼女は会いに来るだろうか。 あれは適当な社交辞令とも言えない程度の挨拶だ。 そう思いつつもどこかで彼女を待っている自分に溜息が漏れる。 ただのクラスメイトだった少女なのに。彼女が可愛がっている弟とちょっと仲良くなってしまい、色々と世話を焼く羽目に陥っただけだ。 「おめでとう」 ふと耳に入ったその言葉に宮田は足を止める。 振り返ると白いワンピースを着た女性が背中を向けていた。 いや、先ほどすれ違ったその姿勢のままって言うだけだ。 「..さん?」 まさか、と思いながらも今思い出していた彼女の名前を呼んでみた。 女性は振り返り、ニッと笑う。 後姿の雰囲気とは全く違う印象を受けるその笑顔は見覚えがある。 「久しぶり」 「まさか、本当に来るとは...」 宮田はゆっくり彼女に近づいた。 「言ったじゃない!って、私もびっくりした。チャンピオンってそうそうなれるものじゃないと思ってたから。本当にチャンピオンになっちゃうなんてって。コンビニでスポーツ新聞見て思わず店内で『えー!?』って叫んじゃって周りから白い目で見られたもの」 笑いながらそういう彼女は数年前の彼女と変わらない。 「何で?コース変えたのに」 「木村さんに聞いてみた。一緒のジムは辞めたんだね。でも、木村さんってば酷いのよ?私の事、まだ『卵の』って枕詞をつけるんだから」 「...それ、一生つくと思う」 宮田の言葉に「何ですって!」とは反応して溜息を吐く。 「仕方ない、か」 「まあ、仕方ないだろうね。衝撃的だったし」 思い出して宮田が笑う。 「さんは今何をやってるんだ?」 「お嫁さん!」 数秒間をあけて「は?」と宮田が聞き返す。早い結婚だ。 「になれるように、修行中。大学生です」 「何で素直にそう言わないんだよ」 呆れて宮田が言うと 「まあ、少しくらい焦ってくれるかと思って」 が呟く。 「...は?」 「な、何でもない!」 ブンブンと手を振ってが慌てて訂正をした。 本当は耳に届いていたけど、どう反応していいか分からなかったから聞き返した宮田は「何でもない」と言われて少しだけガッカリした。 「コータは?」 「元気。今、中学生。両親も綱渡りながらもまだ夫婦生活続けてる」 の言葉に「それはよかった」と宮田は呟く。 「コータが苦労した甲斐があったな」 「一番苦労したのはどう考えても私だと思うんだけど?」 の言葉に宮田は笑い「そういえば、そうだな」と相槌を打つ。 「さん、今度いつ会える?」 宮田の唐突なその言葉に「はい?」とが聞き返す。 「今、俺は練習中だから時間が取れないし。だから、今度はゆっくりデートしよう」 「デートですって!?」 が聞き返すがそれには全く返さずに宮田はあっという間に約束を取り付ける。 「じゃ、またな。さん」 タッタッと走っていく宮田の背中を呆然と見送ってそのまま空を見上げた。 突き抜けるような青空には目を細める。 「ま、いっか」 一言呟いて宮田に背を向けて歩き出した。どうやらまた会えるらしい。 |
桜風
08.11.29
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