| フリーターのくせに、とその時は思った。 しかし、今となっては同じことを思えない。 観劇の帰りに宮田に会い、自分の後ろめたさを指摘された。 その時は悔しくて、しかも言い逃げされたような形になったので、自分もその場から逃げた。 そして、次に宮田にバイト先で会ったとき、どんな顔をしていいか、戸惑った。 世話になったのは間違いないが、素直に「ありがとう」が言いにくくなってしまったのだ。 運がいいのか悪いのか、顔を合わせたのはお互いシフトの入替のタイミングだった。 「さん」 「な、なに?!」 ビクリと過剰な反応をしてしまった自分に思わず心の中で舌打ちをした。 「これ」 そう言って封筒を渡された。 「なに?ラブレター?」 「俺だって、そういうのならちゃんと相手を選ぶさ。そんなんじゃなくて。これでチャラってことで」 「えーと、何が?」 かなり失礼なことを言われた気がした。が、取り敢えず今回は流す。 「貸し1って言ってただろう?」 シフトを変わってもらったときのセリフだ。 「ああ、うん。これ、何?」 「俺がこれからちょっとバイト控える原因。廻り回って、さんの世話になるからな。これでチャラ」 「...そう?」 首を傾げてが言う。 「ああ、じゃあ。お先」 そう言って宮田はロッカールームに向かい、は店に出た。 仕事が終わり、宮田から受け取った封筒を開ける。 「はあ?!」 思わず声を上げた。 チケットが入っていた。まったく馴染みのないボクシングの試合だ。 そして、チケットに印字してある文字に驚く。『チャンピオン宮田一郎』とあるのだ。 「ちゃんぴおん?!」 思わずその言葉を口に出してみる。 チャンピオンってこう、もっとごつくてムキムキで... 彼はそれなりに筋肉があったが、そういうイメージとは結びつかない。 「だからか...」 だから、彼はいつも走っていた。何かを目指すように。 「だから、遠いんだ」 は呟く。それは、憧れを孕んだ声音だった。 (アウェイ感、半端ないんだけど...) 渡されたからにはいかなければならないだろう、タダなはずないし。 彼女はそう思ってチケットに書いてある日時に会場に向かった。 周囲を見渡せば、イメージ通りにおじさんが多かったが、意外とカップルや女性同士の客もいて今までのイメージが変わっていく。 すれ違った女性が「一郎君」と言っていて思わず振り返る。 (一郎君?!) 笑わない自信がなくなってきた。 は、宮田から貰ったチケットがいかに良席なのかわからず、座ってからもきょろきょろと周囲を見渡していた。 初めての場所というところに委縮することはさほどない。元々好奇心が旺盛な性格なのだ。 「お嬢ちゃん、初めてかい?」 隣に座るおじさんに声をかけられた。 「はい」 「いい試合が初めてなんだね」 「いい試合?」 「OPBFチャンピオンマッチじゃないか。宮田の2度目の防衛戦」 「2度目...」 どういう形で彼が此処にいるのか知らないは首を傾げた。 本当にボクシング初心者だと分かったおじさんは、呆れつつ、これまでの宮田の経歴を教えてくれた。 「まあ、あの顔だから女性ファンが多くてなー。宮田の試合の時は、おじさん、ちょっと居心地が悪いんだ」 苦笑いしておじさんはいう。 宮田の試合の前に何試合かあり、そして、本日のメーンイベントと司会者が言う。 宮田が入場してきた。 女性客の黄色い声援が飛んでいる。 (笑っちゃダメ...) 知り合いがどこか遠いところにいるのに、どうして笑いそうになるのだろうか、と少し自分の感覚が不思議だった。 一瞬、宮田と目があった気がした。 確かに、宮田ならがどこにいるかわかる。自分がチケットを渡したのだから。 (おお、良い体...) 当たり前だが、いつも服を着ている宮田しか見たことがないので、ボクサーとしてリングに立つ彼を見てその体格に感心した。 確かに、自分が想像している『チャンピオン』とは違うが、どこか貫禄があった。 試合はあっという間に終わってしまった。 首を傾げるに「宮田の試合はあっという間だから」と隣のおじさんが言う。 「そうなんですか」 おじさんにそう言っている間も宮田は女性客の黄色い声援を受けていた。 「一郎君!こっちを見てーーーーー!!!」 そんな声がして、も同じように言おうかと思った。 が、すでにこちらを見られているので言えない。 取り敢えず、笑っていると怒られそうだから俯いて笑いの波をやり過ごすことにした。 |
桜風
14.6.5
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