| バイト先に着くと宮田がシフト表を眺めていた。 「交代が必要かしら?」 声をかけると宮田が振り返る。 「ああ、いや」 珍しく歯切れの悪い宮田に首を傾げながら ロッカーを開ける。 「さん」 「なあに?」 制服にそでを通しながらが答える。 「有名なところじゃないらしいけど」 そう言って宮田がチケットを差し出してきた。 「ん?また試合?」 そう言いながらチケットを受け取ったはぐいとチケットを目の前に持ってきて食い入るように見る。 「これ、どうしたの?」 「ウチの事務の練習生の知り合いに劇団の人がいるんだと。チケットの販売で困ってたみたいだから協力したんだよ」 「買う!」 「有名なところじゃないって言ってたぜ」 良いのか、と宮田が問う。 「当然。というか、日本国内で有名なところなんてホント少ないよ」 はロッカーから財布を取り出しながら言う。 「そういうもんか?」 「基本的に収益を上げて余裕のある運営ができるところは少ないのよ。もちろん、役者さんだって、それだけで生計を立てるのだってすごく難しいんだから」 その点はボクサーと同じかも、とは思う。 チャンピオンだってバイトをしているのだ。 に見られて宮田は「どうした?」と問う。 「ううん、何でもない。またそういうのあったら言って。私、買うから」 「わかった」と宮田は頷き、そして「それで」という。 「ん?」 「俺も、買ったんだ。2枚って言われたから」 「いいよ、一緒に行こうよ」 が言い、そこで気づいた。 「ああ、だからシフト表見てたの?」 「そう。丁度お互い入ってなかったし」 宮田が頷く。 「入ってたらどうしたのよ」 「その時に、考えようかと...」 その返事には笑う。 「宮田君って、意外と行き当たりばったり」 「うるせぇよ」 公演の日に2人は揃って劇場に向かった。 建物を見上げて「狭そうだな」と宮田が言う。 「こんなもんだよ。早く行こう」 そう言っては宮田をその場に置いて入場した。 はパンフレットを購入して席に着く。パンフレットを捲っているの隣で宮田は物珍しそうに劇場内を眺めていた。 すでにステージの上に大道具など並んでいる。 緞帳がない劇場だった。 そんな宮田の様子を見てはくすくすと笑った。 「なんか面白いことでも書いてあったのか?」 パンフレットを見て笑ったのだろうと思った宮田が問うとは首を横に振る。 「前に、宮田君の試合を見に行った時の私みたいだなーって」 「は?」 「きょろきょろしてる」 「仕方ないだろう。こういうの初めてなんだから」 不貞腐れながら宮田が言うと「いやいや、うん。そりゃ声もかけたくなるね、と思って」とが付け足した。 「声をかける?」 「うん。隣に座ってたおじさんが色々と教えてくれたの。宮田君の試合は女の子の声援が多いから居心地悪いって」 悪戯っぽく笑って言うに宮田は「俺のせいじゃない」と憮然と返す。 「けど、おかげでお初の私も会場に入りやすかったんだけどね。宮田君のおかげだ」 少しだけからかうように言うに宮田は肩を竦めて、反応を返すのを辞めた。 反応を返せば返すほどからかい続けそうだから。 暫くして開演のアナウンスが流れてきた。 「さん、目が悪いのか?」 バッグから眼鏡を出して掛けているを見て宮田が驚きの声をこぼした。 「本気モードです」 そう言って彼女は宮田に笑顔を向けて、それ以降は彼の存在を忘れたかのように、舞台へ視線を向けた。 内容は、勧善懲悪のわかりやすいもので、初観劇の宮田も楽しめた。 会場を出るときにがふと足を止め、そこにあったチラシを手に取る。 宮田もそれに視線を向け、口角を上げた。 劇団員募集と書いてあった。 宮田の視線に気づいたは「取ってみただけよ」という。 「へー...」 宮田は適当な相槌をうち、その反応に対しては少し憮然とした表情を浮かべた。 「ねえ、宮田君」 「ん?」 「お肉って食べられる?」 覗うようにが問う。 「宗教的に問題ないけど」 「じゃなくて、減量ってのしなきゃなんでしょ?」 「ずっとしてたら体力付かないだろ。減量は試合に合わせてやるもんなんだよ」 そんな宮田の言葉に「じゃあさ」とはバッグから財布を出してその中からチケットのようなものを取り出した。 「行かない?ペアでご招待のタダ券」 「何?」 「焼肉食べ放題」 ニヤッと笑ってが言うと「いいぜ」と宮田もニヤリと笑う。 「どうしたんだよ、それ」 劇場の近くだから、と歩きながらそこに向かう。 「懸賞で当てた」 「へー。そういうのやるんだ、さん」 「うん、面白いよ。当たるとうれしいし。はがき代くらいだし」 店舗の看板を見つけて入る。 そこそこ混んでいたが、すぐに席に案内された。 「さあ、食べるぞ、飲むぞ!」 腕まくりをしながらそう言うに宮田は苦笑する。 「さん、飲める口なんだ?」 「宮田君は下戸?」 「基本飲まないから、よくわかんねぇけど」 「...宮田君、潰れたら色々と面倒くさそうだから飲まないようにして」 「自分は飲むのにか?」 非難めいた宮田の一言に「イエース」とは頷く。 暫く食事をしながら先ほどの芝居の感想を口にしているとふと、が「宮田君はさ」という。 「酔ったか?置いて帰るからな」 念を押され「違う」と彼女は眉間にしわを寄せた。 「じゃあ、何」 「何で私を役者にしたいの?」 「俺は、さんを役者にしたいんじゃなくて。未練たらたらなのに、小賢しく言い訳並べてるのが見苦しいから口出ししただけだよ。本当に諦めてたり、諦めようとしてたら口出ししねぇって」 「諦めようとしてたじゃん」 「違うね。諦めようともしてなかった。ただ、見ないようにしてただけ。逃げただけだろう」 ズバッと指摘されて言葉が出なかった。 それは、自分自身が認めていたことだから。 「やな奴」 「そりゃどーも」 「宮田君は、私の何なのさ」 「酔ってんな...」 面倒くさそうに宮田が呟く。 「何なのさ!」 もう一度繰り返しては宮田を見据えた。 「同僚だろ。バイト先の」 端的に、正確に宮田はそう言った。 「うん、そうだ」 もそれにしっかりと頷く。 「さん。そろそろ帰ろう。俺も酔っ払いの面倒は見たくない」 「わかった」 素直に頷いたに少し違和感を覚えつつ、宮田は席を立つ。 店を出て「私、こっちだからー」と宮田が歩き出した逆の方向へが歩き出す。 「送るか?」 「結構。狼さんは一人で帰ってください」 「誰が狼だ」 の言葉に宮田はそう返し「気をつけろよ」と言って彼女に背を向ける。 宮田が遠ざかって行ったのを確認し、は「よっし」と頬をパンと叩いて気合を入れた。 「言い訳を並べるのは、私も飽きたってもんよ!」 宣戦布告代わりにそういう。 それから、は当分バイト先に姿を現すことがなかった。 |
桜風
14.6.19
ブラウザバックでお戻りください