| サンダルの修理が終了したころ、宮田は再びを置いて修繕を依頼した店へと足を向けた。 そして、戻ってみるとが座っていたベンチのところには数名の男女がそのベンチを囲うように立っている。 何かあったのかと足早に近づき、その人たちの肩からの表情が見えた。 彼女は楽しそうに笑っている。大学の友達か何かなのかもしれない。 宮田は思わず足を止めた。 何だか、突然が遠く感じた。 ふと、ひとりが振り返った。 「あれ、チロちゃんって子じゃない?」 何故自分の名前と言うかによる呼び名が知られているのかと固まったまま驚いているとがひょいと顔を覗かせた。 「ホントだ。チロちゃん!」 笑顔でヒラヒラと手を振る。 宮田はひとつ息を吐いての座っているベンチへと足を向けた。 「えー、何?可愛い!高校生?」 集団の一人が言った。 宮田は黙殺してそのままの足元に修理を終えたサンダルを置く。 「何だよ、。お前、オトコ顎で使ってんの?」 を呼び捨てにしたその男の声が癪に障る。 「顎で使ってないよ。ありがとう、チロちゃん」 そう言ってはサンダルを履いた。 「じゃあ、またなー」「実家帰る前に飲もうよ」などと言って「じゃあなー、チロちゃん」「またねー、チロちゃん」と宮田にも声を掛けて去っていった。 「ありがとうね、チロちゃん」 「うん」 の礼の言葉におざなりに返した。 チロちゃんチロちゃんと気安く呼ばれて何だか気分が悪い。 『チロちゃん』と呼んで良いのはだけだ。 は宮田を見上げながら首をかしげる。何だか機嫌が悪そうだ。 でも、その理由が分からない。 「大学の友達?」 不意に聞かれた。 「うん、そう。時々皆でご飯食べに行ってるんだ。あの集団の半分大学違うんだけど、サークルが合同で練習とかするからってので仲良くなったんだって」 が上機嫌で返すと「そう」とやはりご機嫌斜めな声で宮田が返した。 「チロちゃん、何か嫌なことあった?」 恐る恐る聞いたに視線を投げて「別に」と返して宮田はそのまま足を進める。 暫く歩いて振り返るとが沈んでいることに気がついた。 「何処行くの?」 声を掛ける。 「あ、うん...でも、チロちゃんお買い物イヤだったらもういいよ。別に10月までに何とかすれば良いから」 の言葉に溜息を吐いて、 「別に買い物がイヤだった訳じゃないから。約束だし、最後まで付き合うよ」 「うん」とは言ってエスカレータに向かったが明らかにモチベーションが下がっている。 ガキだな、と思った。 軽く自己嫌悪に陥りながらの買い物に付き合う。 結局が購入した誕生日プレゼントは、レディスのショップではなく雑貨店にあったスリッパだった。 「冷え性なんだって」 そういう。 確かに、そのスリッパはふかふかしていて暖かそうだ。 「そんな感じのもので良いの?」 さっきのキーケースとは大違いだ。 「普段、自分は買う気にならないけど欲しいものとかあるでしょう?そういうのプレゼントするのも手ですよ」 そんなもんなのか、と思って宮田は何となく納得し、帰路に着いた。 まだ明るいから別に要らないといったのに、送ると宮田が申し出てそれを押し通し、同じ駅で降りた。 空が随分重くなっている。 「夕立が来るかな...」 が先ほどよりも少し歩調を早くして空を見上げながら言った。 「かもね。雨の匂いがするし」 宮田もそれに同意しての歩調に合わせて少しだけ歩く速度を速めた。 暫くすると笑いたくなるほどの大雨が降ってきた。 次の角を曲がって数メートルでの住むマンションだ。 宮田はシャツを脱いでの頭にそれを掛けた。 「チロちゃん?!」 驚きの声を上げているに対して宮田は短く「走って」と返しての手を引く。 マンションのエントランスに入ってやっと足を止めて、宮田は首を振って滴る雨水を払い、髪を掻きあげる。 「チロちゃんずぶ濡れだよ」 心配そうにが見上げると、「大丈夫」と返しながら未だにの頭に掛かっている自分のシャツを手に取った。 薄手のシャツとはいえ、そこそこ雨避けの役には立ったかなと思いながらを見下ろした。 「じゃあ、また」 そう言って背を向けた宮田のシャツをぐっと握ってが引き止める。 「待って!」 「...なに?」 不思議そうな表情を浮かべている宮田に対しては慌てて鞄を漁り、さっきショッピングモールで目にしたそれを取り出した。 「これ」と言って差し出す。 「それ、プレゼントに選んでたんじゃないの?」 最初にメンズショップで見つけたキーケースだ。 「そうだよ。チロちゃんって8月が誕生日じゃなかったっけ?あれ、違った!?」 が慌て始めるので「いや、あってる」と肯定した。 しかし、何だかこれは高価なものだったぞ? 「えーとね。プロ合格と、誕生日と、何回か勝ってるおめでとうが込み込みで、それ」 指を折りながらそういう。 返すのも気が引けて、だから「ありがとう」と笑顔で受け取った。 それを見ても嬉しそうに微笑んだ。 受け取ってよかったと思った。きっと断ったら表情を曇らせただろうから。 「チロちゃん。電車で帰るの?」 「ううん、ひと駅くらい走ってすぐだし。じゃあ、また」 そう言って、宮田は背を向けてマンションを後にした。 |
桜風
09.2.28
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