| 夏休みに宮田と買い物に出て以来、会っていなかった。 その間、色々と自分も忙しかったし、なにやら宮田も頑張っているらしい。詳しくは知らないが、準決勝に進出しているとか。 そんな中、嬉しいことがあった。とても嬉しくて、聞いてほしくて。 だから、バイトも無理を言って友達にシフトを代わってもらって苦手だけど、でもすぐに会えるからそこへと向かった。 そして、信じられない光景を目にした。 「あ..れ?」 見たことない、こんな光景。聞いたこともない。 「あの、どうなったんですか?」 信じられなくてすぐ傍にいた知らないおじさんに声をかけて聞いてみた。 「見ての通りだ。宮田が、負けたんだ」 何、それ... 言葉が耳に入っても意味が理解出来ない。 かろうじて「ありがとうございます」という礼を口にしてはホールを後にした。 あんな宮田は知らない。 いつも年下のクセに余裕をかまして。 小さい頃はあれだけ『お姉ちゃん』って自分の後ろをついて回ったのに、久しぶりに再会したら自分より大きくなって。 時々知らない人のような錯覚に襲われるくらい、彼は大人になっていて。 自分も自然と頼るようになって... 「何で...」 の呟きに応えるものは誰も居ない。 家に帰って電気もつけずに過ごした。 気がつくと、泣いていた。 おかしな話だ。 自分は何も見ていない。 結果だけを目にしただけなのに。 泣いて良いのは自分ではない。きっと彼なのに。 そう思うと余計に涙があふれてきた。 どうして良いか分からないから、とりあえず、気が済むまで涙を流すことにした。 あの試合以降、病院に入院している宮田はノックが聞こえたドアに目を向ける。 看護師が入ってきて、そしてその手には小さなかごに入ったブーケがあった。 「何ですか、それ」 「持ってきた子がいるの」 そう言って彼女はベッドの横のラックにそれを置く。 「お見舞いは受け取らないでくださいってお話したと思ったんですけど...」 ジムの方でもそのような対応をしてもらっている。色々と、面倒だし。何かそんな気分じゃないし。 「でも、受け取った方が良いと思ったの」 そう言いながら彼女は微笑んだ。 「伝言よ。『チロちゃんが退院したら、おうちの方にお見舞いに行きます』」 彼女の言葉を聞いて宮田は目を丸くする。 「それって、名前...」 「聞かなくても分かっているんじゃないのかしら?彼女も名乗らなかったけど。それとも、これはこちらで処分しましょうか?彼女も、『チロちゃんが嫌がったら、捨ててください』って言ってたし」 そう言って看護師がさっき自分が置いたブーケに手を伸ばす。 「あ、いや。いい..です」 からかわれたのは分かっているけど、でも、何も言わなかったら本当に持っていかれるかもしれなくて宮田は慌てて彼女を止めた。 「あら、いいの?」と、惚けたように彼女は言い、「早く退院しないとね〜」とウィンクをして部屋を後にした。 びっくりした。 どうして彼女が知っているのだろう。 ボクシングが好きじゃないといっていた。 今まで、このトーナメントが始まってからも彼女は自分の試合を見に来なかった。 結果だけ電話で教えていた。 嫌いなものを態々見てもらうことないし、自分が勝ったら喜んでくれるからそれだけでいいと思っていた。 夕方、見舞いに来た父にに話したのかと聞くと 「お前が嫌がるだろう。いずれ聞かれたとき自分で話したほうが良いと思って話してないぞ。聞かれてもないしな」 と返された。 それもそうだ。 宮田が何故その話を聞いてきたのか不思議に思ったが、ラックの上に置いてあるブーケを見て理由が分かった気がした。 「ちゃんが来たのか?」 「此処までは来てないけど。スタッフステーションまでは来たみたいなんだ。退院したら教えてくれって伝言付きで」 その言葉を聞いて苦笑する。 「じゃあ、早く退院しないとな。冬休みに入るとちゃんも流石に実家に帰るだろうし」 父の言葉に適当に頷いた。 そんな息子の表情を見て少し安心する。 「ところで、父さん」 改まって宮田が父に話を切り出した。 少し驚きもしたが、息子の言葉に耳を傾けていた父はやはりその言葉を聞いて更に驚いた。 「まあ、そうだな。会長の方にも話してみよう」 そう請け負って掛けていた椅子から立ち上がる。 「良いのか?」 不意に思い出したように父が言う。 何に対して言われているのか当たりをつけた宮田は頷く。 「分かった」と返して父は部屋を後にした。 「今更、だよ...」宮田は静かに呟いた。 |
桜風
09.3.7
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