| 退院したことをに教えるべく彼女の携帯に電話を掛けた。 しかし、用事があったらしくて留守電になっていた。 何処かほっとした自分に苦笑して伝言を残した。 その日の夜、から電話が掛かってきた。 今度の土曜日の午後に遊びに来るそうだ。 電話に出たのは父だった。 変わるかと聞いたが、バイトの休憩時間中だから、と断られたそうだ。 少し寂しい想いをしたが、それよりも今度の土曜日どんな顔をして会えば良いのか分からない。 困った、と本気で悩む。 そんな困り顔の息子を見て、最近は、子供のときのように表情が分かりやすくなってきたな、と苦笑をしてその場を後にした。 土曜日の午後にはやってきた。 父が玄関で彼女を出迎えて、宮田も声を掛けられて自室から出てくる。 「元気?」 遠慮がちにそう聞かれた。 「まだ運動は出来ないんだけどね。筋トレ程度はやってるよ」 宮田も何処かぎこちなくそう返した。 「ちゃん、ゆっくりしていきなさい」 驚いたようには宮田父を見た。 「私はジムに行かないといけないから。一郎も、日常生活はもう出来るし、気を遣わなくても良いからね」 そう言って出て行った。 「おじさん、忙しかったの?」 「まあ、いつもどおりってトコかな」 そう言って宮田は肩を竦める。 少し、居心地の悪い沈黙の時間が流れた。 「あ、そだ。お見舞い、何を持ってきたら良いか分からなかったから」 そう言っては手に持っている袋を差し出してきた。 「何?」と言いながら宮田は受け取って袋の中身を覗いた。 「フルーツだったら食べても大丈夫なのかなって」 「ありがとう」と受け取り、「座ってて」とソファに座るように促して宮田はキッチンに向かう。 普段なら客をもてなす何かを用意しているような家ではないが、がこの日に来ると分かっていたので、父が色々と用意してくれている。 本当に気配りの出来る大人だと自分の父親ながら少し感心した。 「コーヒーと、紅茶。あと、ココア。どれが良い?」 「んー、ココアかな?」 そう返したに「OK」と返して宮田はケトルを火に掛ける。 は手持ち無沙汰に傍に置いてあったボクシング雑誌を手にとってペラペラと捲っている。 そんな彼女の後姿を眺めながら宮田は何の話をしたら良いのだろうかと悩んでいた。 自分用のコーヒーと、彼女用にミルクたっぷりのココアを作ってソファに向かう。茶菓子も用意してみた。 気づいたのだが、彼女はかなりの猫舌のようで、コーヒーにも紅茶にもミルクを結構多めに入れる。 砂糖の量は分からないから、それも適当だ。多すぎたら薄める術がないから、それは少なめに。足りなかったら後で追加すればいいからその方が良いだろう。 「どうぞ」とテーブルにマグカップを置いて、宮田はの隣に座る。 「面白い?」 が見ている雑誌の事を聞いてみると「普通の記事なら」とは返してそれを脇に置き、「頂きます」とマグカップに手を伸ばした。 ふうふうと数回吹いてゆっくり口をつける。 「あ、甘い」 「甘すぎた?」 少し慌てて宮田が問うと「ううん、丁度いい。ありがとう」とは返した。 ほっと胸を撫で下ろす。 「ところで。ちゃんは何で、俺の試合の事、知ってたの?」 自分の心の準備が出来ていないところで向こうから切り出されるよりは、と思って自分から切り出した。 は俯いた。 少し沈黙した後、「見たから」と呟く。 「見た、って...ホールに来たの?!」 今までの試合に来なかったのに。何だってこうもタイミングが悪いんだろう... は頷く。 「ホールに入ったら、ゴングが鳴って。試合が終わったの。よく分からなくて、近くに居たおじさんに聞いたら、チロちゃんが負けたって...」 試合の経過が見られていなかったのがせめてもの救いだっただろうか。 そう思いながら宮田は天を仰いだ。 「そっか。ごめんな」 宮田の言葉には弾かれたように顔を上げる。 目を丸くして、宮田の顔をじっと見た。 「せっかく来てくれた試合で負けて」 宮田の言葉には返す言葉が見つからず、また俯いた。 「チロちゃんの、ばか...」 ぽたぽた、との手に落ちる雫を目にして宮田は慌てる。 「え、何で。ちょっと、待って!!」 どうして良いか分からずに暫くオタオタしていたが、遠慮がちに手を伸ばしてを抱き寄せた。 それには流石にも驚き、一瞬涙も引っ込んだ。 「ちゃんに泣かれたらどうして良いか分からないから。だから、泣くなよ」 「チロちゃんのばか」 また同じ言葉を繰り返して泣く。 何で『ばか』と言われ続けているのか分からないが、それでも一向に泣き止む気配のないに泣き止んでほしくて暫く彼女を抱きしめたまま髪を撫でていた。 |
桜風
09.3.14
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