| 昨日泣いてすっきりしたこともあってか、空港でははあっけらかんとしていた。 宮田との別れも軽く済ませ、その父や、一緒に海外遠征に行くらしいもうひとりのトレーナーにも挨拶をする。 飛行機に乗ったとき、父におずおずと聞かれた。 あまりにもあっさりとしたあの別れが不思議で仕方が無かったのかもしれない。 「ちゃんとは、その..上手くいってるのか?」 「うん」 宮田のあっさりとした返事に首を傾げながら「そうか。それなら、いいけど」と返し、一緒に来たもうひとりのトレーナーである木田と今後の話を始めた。 には、何か連絡が取りたかったらジムに連絡を入れてくれたらジム経由で自分に伝わるということは話している。 帰国はいつになるか分からないから、と。 もでどうやら留学中はあの家は母親が月1回くらいのペースで様子を見に来る予定ではあるらしい。 だから、エントランスではない、部屋のポストにでも手紙を入れておいてくれたら留学先の寮に送ってくれるだろうと言っていた。 そんな話をしていると、本当に離れ離れという言葉が頭を過ぎる。 約1年。 宮田は海外で試合を重ね、11戦10勝1分け8KOという戦績は周囲を唸らせた。 日本に帰ってきて、ジムのマネージャーに自分に連絡が無かったかと確認するとあったことはあったが、自分が期待していた人物ではないことを知ってがっかりした。 「あと半年は向こうなんだろう?」 がっかりしていたところにそう父から声を掛けられ、宮田は頷く。 まあ、自分もに何か連絡を入れたわけではないから仕方ないだろう。 それから約3ヶ月後に宮田は国内戦に復帰した。その復帰は鮮烈で、ボクシングファンは彼の活躍に注目するようになった。 「何、これ...」 夏、残暑の厳しい中、はそのマンションを見上げて呟いた。 いくら1年日本を離れていたとしても、流石に間違うなんてことはないだろう。 だったら、これは何だろう... 周囲を見渡して、やはり変わっているものの、1年前から建っている家だってある。 じゃあ、これはなんだ? 混乱しながら、は聞いている住所を頼りに河原ジムへと足を向けた。 河原ジムの前は何だか大騒ぎになっている。 何、これ...? 此処も、何が何だかな状態になっている。 アイドルでもいるのだろうか。 ふと、その女の子の集団の向こうの窓に宮田父の姿が見えた。 「おじさん!」 が声を上げる。 宮田父の耳に届いたらしく、彼がこちらを向いた。 ぴょんぴょん跳ねて人垣の頭の上から中に合図を送る。 宮田父は目を丸くして、そして笑った。 ドアを開けるとわっと女の子たちがジムの中をのぞく。 それを注意しながら宮田父はの元へと足を運んだ。 「お久しぶりです」 「そうだね。取り敢えず、中に入りなさい。此処は暑いだろう?」 そう言われて宮田父の後に続いてジムの中に入る。 途中、に対する非難の声が耳に届き、首を傾げた。 「悪いね、少し嫌な思いをさせたね」と宮田父に言われて首を振る。 「でもあの子達は何なんですか?」 の言葉に苦笑した。 「まあ、一郎のファンの子だといえば分かりやすいかな?」 「...はい?」 どう見てもアイドルの追っかけだぞ、と首を傾げる。 「チロくん、そんなに目立ってるんですか?」 「試合数が多いわけじゃないよ。それこそ、帰国してまだ1回しか試合をしていないからね」 どんなキャラチェンジをしたのだろう... そう思いつつも、ふと思い出す。 「そういえば、チロくんって背が伸びたって本当ですか?」 の言葉に少なからず驚く。 「そうだね。まあ、伸びたなぁ...」 宮田が2つくらい上の階級だったら何でもないことだが、残念ながら今の宮田は背は伸びない方が良いのだ。 「チロくんは、どんどん変わっていく」 が拗ねたように言った。 「ちゃん?」と宮田父が覗うように声を掛けた。 「だって。あんまりよく分かっていないわたしが言うのもどうかと思いますけど。取り敢えず、あれだけ熱心に応援してくれるファンが出来て、知らないうちに背も伸びて。また知らない人みたいになってたらどうしてくれるんですかって感じですよ」 そんなの言葉に宮田父は苦笑した。 「それは、ちゃんも同じだよ」 驚いたように宮田父を見たが、「一郎が戻ってきたら分かると思うよ」と答えを教えてくれる気はないようだ。 「そういえば、チロくんは...?」 ジムの中を見渡すがその姿は何処にもない。 「ロードワークだよ。しかし、あの子達も暑い中凄いね。ジムとしては帰るように言っているんだけどね。ほら、他の選手や練習生たちの練習の妨げになるから。それに、彼女たちの体にも良くない」 「ですよねー」とさっき思ったのでも同意した。 しかし、今日は宮田の誕生日だから宮田の姿を見るまで帰らないんだろうなーと何となく思った。 「あ!そういえば!!」とはここに来た理由を思い出す。 ジムの前の女の子の集団を目にしてすっかり忘れていたのだ。 「何だい?」 「家。おじさん、おうちがなくなってましたよ!!」 目を丸くしてが訴える。 宮田父はきょとんとした。 「何だ、一郎から聞いてなかったのかい?」 目をぱちくりとした。何の話を聞いてないのだろうか。 「去年、日本を発つときにあの家は引き払ったんだよ。ジムの方に手続きをお願いしておいたから、海外にいるときに全部済んだんだ。一郎は、何も言わなかったのかい?」 少なくとも、にとってもあの家は思い出の場所だっただろうに、と気遣わしげに宮田父が言ったが、は首を振った。 「教えてもらってませんでしたけど...でも、納得はしました」 きっと、だから宮田は自分の部屋も見せてくれたのだろう。 何のことか分からない宮田父は首を傾げたが、「まあ、一郎ももうすぐ戻ってくると思うから」と言って選手の練習を見始める。 ジムの中は、見慣れない女の子の存在によって妙にふわふわした空気になっていた。 それに気がついた宮田父は苦笑し、戻ってくる息子の事を思い浮かべて苦笑した。 |
桜風
09.5.2
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