| ロードワークから戻るとジムの入り口が凄いことになっていることに気がつき、取り敢えず、裏口に回ってみた。 裏口は意外と目立たないところにあるため、すんなりとジムの中に入ることが出来た。 「戻りました」とジムに入って声を掛ける。 ふと、ジムのベンチに見慣れない女の子、というか、寧ろ大人の女性と言っていい雰囲気の人が居た。 あの集団の一員ではないことは雰囲気で分かる。 では、取材か? そう思ったが、このジムの選手で試合を控えているものは居ない。大抵取材が入るのは試合前が多いから、きっと違うのだろう。 だが、このジムに入ってきているということは誰かがそれを許したということだ。 彼女の前を通るとき、宮田は会釈をした。 「こんにちは」と彼女が言う。 数歩歩いた宮田はそのまま後ろ歩きでその数歩分戻る。 「..ちゃん?」 「わかんなかったの?1年半ってやっぱり大きいわ!!」 天を仰いで嘆いているに宮田は慌てた。 違う、顔を忘れたんじゃない。そうじゃないんだ!! 「あ、いや。違う。顔を忘れたんじゃない、ちゃんと覚えてるよ」 宮田が弁解した。 「でも、今気づかなかったじゃない」 拗ねたように言うに、観念したように宮田は息を吐いた。 「ちゃんがちょっと、ていうか..かなり綺麗になってたから。別の人に思えて...」 一生懸命そう言った。もう恥ずかしくて仕方ないけど、そう言った。 はきょとんとしている。 ああ、また笑いながら「そうでしょうとも!」とか言うんだろうな、と思っていたらは俯いて、「どーも」と呟いていた。 あれ?と思ってを注意深く観察すると、どうも赤くなっているようだ。 その反応は意外で、宮田もつられて照れた。 どうでもいいが、ジムの中的には良い迷惑と言うもので、『他所でやれ』と言ってやりたいという雰囲気が漂ってくる。 その空気を先に察したのはで、「そうだ!」と声を上げて自分の持っている荷物を開けて宮田に雑誌と色紙を渡した。 「何?」と言う宮田に「お土産」と応える。それらしいものは別にあるが、一応帰国したら宮田に見せようと思っていたものだ。 宮田は雑誌を捲る。 英語だ。の留学先は英語圏だったので、当然といえば当然だけど... 「ここ」と宮田に渡した雑誌を捲って指差して見せた。 「あ、」と宮田が呟く。 興味を持った宮田父も一緒になってそれを覗いた。 そこには宮田が写っていた。それは本当に小さな記事で、見落としても誰も文句を言わないだろうという程度の扱いの記事だったが、間違いなく宮田が載っていた。 「何かね、わたしは良くわかんないんだけど。寮のルームメイトがボクシング好きで。その雑誌も彼女のなんだけど、これ見つけてくれて。これって凄いことだよって」 戦績の事だろうな、と思いながら宮田は記事を追った。本当に軽く書いてあるだけだ。こういう選手が居るよ、と言った感じの。 「ボクシング好きのルームメイトだったんだ。じゃあ、見に行ったの?」 一緒に行ったんじゃないか、と思った。 は今まで一度も自分の試合を見たことがない。一度、見ようと思ってホールまで来たけど結局見損ねている。自分が唯一負けた公式試合だ。 「ううん。連れて行かれたけど、目を瞑って耳を塞いでいたら次から連れて行ってくれなくなった」 あっけらかんとそう言った。 ちょっと驚いたが、何だかほっとしている自分が居て困惑する。 何だか居心地が悪くて慌ててもうひとつのお土産を見た。 「何、これ」 「えーとね。何だっけ。何かの世界チャンピオンの人のサイン色紙」 興味がないのか、名前が思い出せないようでは唸っている。 「でも、何で?」 「チロくんと同じ階級の人だって友達が言うから。ほら、あのサンドバックだっけ?にそれ括りつけてポコポコ叩いたら頑張れるかなって」 の言葉に苦笑する。 何だ、それ... 「要らなかったら誰かにあげて。きっと欲しいっていう人はいるんじゃない?」 の言葉に「そうする」と応えてもう一度それを見た。 「それはそうと。チロくんのおうちがなくなってて慌ててジムに来てみたんだけど...」 自分の訪問の理由を話すと宮田は視線を外した。 「ちょっと、言いそびれてた」 「いいよ、もう。なくなったものをどうこう言うつもりないし。というか、今日の用事はこれだけだし」 そう言ってが立ち上がる。 「あ、時間が有るなら終わるの待ってくれないかな?送るよ。どっちに帰るの?」 宮田の言葉を聞いてはすとんとベンチに腰掛けた。 「実家の方。こっちのマンションの鍵は親が持ってるし」 ああ、そうかと納得して宮田は頷き、練習に向かった。 は練習に打ち込んでいる宮田の背中を見詰めながら、誕生日プレゼント用意してなかったんだった...と今の自分の状況を思い出し、ひっそりと焦っていた。 |
桜風
09.5.9
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