まっすぐ! 4





宮田とは生活リズムがそもそも違うので会えることが意外と少ない。

見かけても、道路を挟んで向こう側を走っているとか、バスの中から見えた川土手を走っているとか、たまたま朝早く目が覚めたときに隣のドアが開く音がして、窓の外を見たら走っているとか。

つまりは、は宮田の『走っている姿』しか見ないことに気が付いた。

物凄く不思議な感覚だ。

もしかして、何かのスポーツの選手だろうか。

だったら、大学に進学していないというパターンは有りだろう。

有るが..あんなに毎日走っているスポーツってあるのだろうか。スポーツの基本は走ることだろうが...

そもそも彼は雰囲気的に団体競技の人ではないと思う。

乙女の持つ特技の勘によるものだが、何となく、そう思う。


聞いてみたいと思ったが、結局タイミングが合わずの方も忙しくなった。

大学生活の集大成、卒論が待っている。

卒論のための資料の収集や、作成、もちろん、友達づきあいもある。

そんな忙しい毎日を送っていて結局宮田とは会ったときに挨拶を交わすくらいの都会に住むものとしてまさしくお隣さん同士の正しい姿を体現していた。

話してみたいことや聞いてみたいこととかあるけど、ホントにタイミングって難しくて、大切なんだなと思ったものだ。



卒論は締め切りギリギリに提出して、何とか受理して評価をもらえた。

と、いうわけで卒業という運びになったのだが...

就職先に困ったのだ。

就職先は決まっている。一応。

悪くないところだとも思う。その業界では結構大きいところのようだ。

記者みたいに何かを伝える仕事に就きたいと漠然とした感覚ではあるものの昔から希望していたからその希望が適ったというべきか...

しかし、全く馴染みのない世界に飛び込んでしまったのもまた然り。

祖父が、その会社の上役と知り合いで、「まあ物は試しだしうけてみたら?」と勧められたのでその言葉通り物は試しで受けてみて受かってしまったのだ。

いや、就職難のこの世の中で『受かってしまった』なんて贅沢かとは思う。

思うのだが...

よりによって馴染みのない、スポーツ雑誌の記者だ。

そのスポーツもこれまた馴染みがなく、名前は聞いたことあるけどルールとか選手とか全く分からない。

格闘技..ボクシングの雑誌記者だ。

まあ、一から勉強ってことで...

就職で思い悩むのは、もうちょっと後にしてまずは皆と別れを惜しむべく、卒業旅行をしまくった。

海外も色々巡ったし国内もそれなりに巡った。



卒業式前に一度実家に戻った。

卒業旅行のお土産を持って帰ったのだ。就職のことは両親ももう知っているし、特に何もないだろうと思ってた。

しかし、家に帰ってみると意外なことに殺伐とした重い空気が漂っていた。

「...ただいま?」

「おかえり」

疲れた表情の母が居た。

「何か、あった?」

「あの子が、ね」

困ったように母が言う。『あの子』というのは妹のことだろう。

「どうしたの?」

「大学行かないって聞かなくて。お父さんカンカン。あの子も結構意固地なところがあるから...」

この時期で進学先が決まっていないということは、一浪か、それとも自分の意志を貫いて親との決別を選ぶのか。

妹の部屋をノックした。

返事がない。

「もしもーし?お留守ですか??」

声を掛けてみたら「いる」と小さく返ってきた。

「お邪魔してもよろしいでしょうか」

「説得とかそういう白々しいことをしないって約束したら入っても良いよ」

うわぁ、トゲトゲ...

苦笑して部屋のドアを開ける。

「カーテン開けたら?」

「いいでしょ」

電気も点けずに暗い中妹はじっとしていた。

「開けて良い?昼間で暗いところって好きじゃないの。映画館は別ね?そのための施設だから」

特に聞かれていない補足もつけて言うと「好きにしたら?」と返された。

「じゃ、お言葉に甘えて」と言ってカーテンを開けて「窓も開けるよ」と窓を開ける。

部屋の中の少し籠もった、重い空気が多少は軽くなった気がした。

「何で帰ってきたの?」

「卒業旅行でいろんなところ行ったから、そのお土産を持って帰ったの」

「色々送ってきたじゃん」

「うん、あれからまだ巡ってたの」

「良いご身分ですこと」

チクリと棘のある言葉をその身に受けたは「痛いなぁ」と漏らす。

「何がしたいの?」

率直に妹に問う。

「説教とかしないって話じゃなかったかしら?」

睨みながら妹が言う。

「ああ、説教とかそういうつもりはないよ。ただ、知らないんだもん。あんたが何をしたいのか」

「お姉ちゃんは、何がしたいの?聞いたよ、ボクシング雑誌の記者になるんだってね。ボクシング好きだったっけ?」

んー、痛いところを突くのが得意だなぁ...

「好き、じゃないね。嫌いまではいかないけど、馴染みがないって言うか」

「じゃあ、何でそこの試験を受けたの?」

「...物は試し?」

首を傾げながら言うと妹は盛大な溜息をついた。呆れたように。

ふと、以前宮田に向けられた目に似ているな、と何となく思い出す。

「行き当たりばったり。お姉ちゃんの人生設計ってどうなってるの?」

「まあ、『適当』かな?世間様で言う『普通』を目指してる。特に自分から向かって苦労することもなく、適当なところで妥協して何となく平凡にすごして生きたいって思ってるかなー」

「そんな人生、面白い?」

「まだ途中だからわかんないよ。無難に年を重ねていきたいねぇ。...ねえ、毎日ひたすら走ってる人をどう思う?」

たぶん、彼は妹と同じタイプなんだろうと思った。

「は?何それ」

「わたしのお隣さん」

妹は眉間に皺を寄せて「何してる人?」と聞く。

「わかんない。いつも走ってる姿しか見ないからスポーツやってる人かなって。大学には行ってないみたい」

「...うらやましい、かな?」

その言葉に苦笑しては妹の頭を乱暴に撫でた。

「何!?」

「ううん。わたしは、親の期待通り適当な人生を歩んでて今のところ後悔してない。でも、それってあんたみたいな気骨がないってことでもあるのよね。無責任な話になるから応援は出来ないけど、邪魔もしない。
ただ、その年で独りで生きるのは大変だと思うから、家を飛び出すにしても、ちゃんと考えて行動した方がいいと思う。たぶん、わたしは援助できないと思うからね。そんな余裕はないでしょう」

はそう言って妹の部屋を後にした。

結局彼女の夢については教えてもらえなかったが、聞いたからと言って何かできるわけでもないからこれでもよかったんだと思う。









桜風
09.11.14


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